山本保健薬局は、地域に根ざした総合的な『かかりつけ薬局』を目指します!

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社長のブログ

 

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2017/09/12 「”老衰死”10年で3倍」の記事に思う・・・

825日の産経新聞の生活面で、上記の記事がありました。記事の中にも触れていますが、「老衰」という死亡診断は実にあいまいなもので、おそらく医師からすると「診断できなかった診断名」というような批判的な印象を持たれることが多いのではないでしょうか?現にここ100年ほどの人口動態調査を時系列で眺めてみると、近年に近づくと診断技術の進歩に伴って「老衰」の診断は減ってきています。私の考えでは、あと30年もすると死因欄にこの「老衰」の文字はなくなるものとさえ思っていました。しかしこの記事にありますようにここ10年で急速に増えているのです。これは何とも理解できなかったのですが、この記事では「死亡診断のために様々な無駄な労力を費やすのをやめませんか?」という意識の表れではないか?ということらしいです。この考えはグローバルにとらえれば、「死を冷静に受け止めましょう。」という共感できる考えではあるのですが、この記事の最後に某医師が警鐘を鳴らしているように、救える命を医師の勝手な判断により、人生の最終段階と判断してしまうような問題のある考えに発展していかないかと心配な一面もあります・・・。

2017/08/30 "最近の「無痛分娩事故」の問題から、‟社会的使命”を思う・・・

そういえば、当方の近くの産婦人科病院の院長は常々産科については医療裁判が大変多いのでずいぶんとやりにくい・・・、というようなことを言っていました。”無痛分娩”というのは、「硬膜外麻酔」という麻酔科領域の、ある種特殊なスキルが求められる技術を要するにも関わらず、そんな専門的スキルを十分に持ち合わせていない産科の医師でもできる、という点をメディアは問題視しているのだと思います。言われてみれば納得できる主張です。けれども今実際に行われている”無痛分娩”の半数以上が一般診療所だということです。つまり専門的スキルを持ち合わせていない医師によって行われているということです。また欧米ではごく一般的な分娩方法でもあるということだそうですし、逆に考えればそれでほとんどの場合問題なくこれまでできていたということは、今敢えて”無痛分娩”のハードルを高めて「一定数以上の医師を抱える病院でしか行ってはならない!」というような方向性はどうも合理的ではないようにも思います。

そこで、あらためてこの「硬膜外麻酔」という手技を眺めてみた場合、麻酔薬の物性とか薬物動態の知識がその成否に大きなかかわりを持つ手技であることがうかがわれます。ということを考えてみれば、少なくとも一般の医師よりは薬物の物性とか薬物動態のスキルが身についている薬剤師が何らかの形で関与していくべきではないでしょうかねぇ。ちなみに今回の”無痛分娩”の問題に関して、どの記事を見ても「薬剤師」という名前は見つけることができませんでしたが・・・。

2017/07/02 通販番組を見ていて

この深夜の通販番組には、洗剤や掃除用品などの日用品からダイエット機器や栄養補助食品などあらゆるものが時間をかけて上手にPRしています。そんなPRの方法の1つに、決まって「利用者の声」というのがあって、口の達者そうな町のおじさんおばさんが登場し、「もうこれがなかったらダメです!」というように、ヤラセ見え見えの大層なコメントがつきます。この”見え見えのヤラセ”がなかなか滑稽で深夜の眠れない時間つぶしにつかの間の心を満たしてくれることがあります。これには必ず映像の片隅に「これは個人の感想です」という1文が入っていますが、この1文がなかったらさすがにPR番組といえども放送コードにひっかっかるのでしょう。

それはそれで納得していたのですが、最近見たこの種の健康食品のPR番組に、新手の作戦のPR方法が出てきました!それは、「○○大学名誉教授」という肩書をつけて、専門書がたくさん並んだ本棚をバックに学者風のおじさんがネクタイ姿で登場し、あたかも学問的な話をしています!というようなテイで話しているのですが、話している内容は学生でもわかるようなあたりまえのコメントをして、微妙に商品のPRに結び付けるという巧妙な方法です。その話の内容は別として、映像をしっかりとみていると、この大学名誉教授のコメントにも「これは個人の感想です」という1文が入っているのです。つまり、ズブの素人のおばさんが見え見えのヤラセのPRをしている人の発言と同レベルで見てください!と言っているのです。私は、正直どのあたりがこの名誉教授の発言が問題になるのかしっかりとはわかりませんでしたが、もしもこの名誉教授が話していることが客観的に真実のことであれば「これは個人の感想です」というようなコメントを載せる必要もないでしょう。また、もしも全くのプライベートな感想であれば、肩書の表記であるとか専門書を背景にしたインタビュー画像であるとかは、問題ではないでしょうか?

2017/06/13 「カフェイン中毒搬送101人~5年間、死亡3人~」の記事に思う・・・。

本日6月13日の朝日新聞一面トップ記事にこのような記事が掲載されました。これは明らかに市販のドリンク剤や眠気防止剤の乱用によるものです。・・・読み進めていて不快感と無力感を感じました・・・。それは、全く薬剤師という名前が出てこないのです。この主な原因は、第3種医薬品となっている眠気防止剤やいわゆるドリンク剤です。基本的に薬局で扱っているものです。にもかかわらず、責任をもって販売しているはずの薬局のコメントがない・・・。まずは薬剤師会の責任者が何らかのコメントをするのが当たり前だと思いませんか?!

2017/05/13 ”薬剤師会のアイデンティ”は大丈夫ですか?「門内薬局」敷地争奪合戦に思う・・・

私自身のこの「門内薬局」というものについての意見は、率直に言って「論外!」、「100%ありえない薬局である!」という意見です。数年前にこの論議がささやかれ始めた時点では、「まさか現実的な論議にはならないだろう・・・」というある種楽観的な考えがありました。それが現実に世に登場していることが信じられない気持でいます。しかしこれは、突き詰めていけば「門前薬局」の進化型であって、考えようによっては合理性から生まれるべくして生まれたものかもしれないです・・・。ちょっと前にもう1人の日薬副会長が「門前も門内も50歩100歩!」と切り捨てた言葉を思い起こします。

 と考えれば、現に「門前薬局」がまだ世の大勢を占めている今の薬局からして、「門内薬局」の正当性を主張する‟ヤカラ”が存在することは認めざるを得ないでしょう。しかしそこで考えないといけないのは、薬剤師会の会員を指導し他の組織、行政などとの窓口になるべき副会長がこのような事をしてはいけないでしょう!もしもこのような組織のイデオロギーに反する行為を取って自らの私欲を優先するのであれば、まずは「副会長」という役職を離れてからすべき行為でしょう!また、もしもこのような”ヤカラ”が副会長職に就いている異常事態に対して、会長をはじめとした執行部は彼に対して即刻辞任要求をすべきであるし、それに従わないのであれば解任すべきでしょう。このことは、一般社会ではごく当然の流れではないでしょうか?

 もしもこのままズルズルとこの”ヤカラ”を副会長にのさばらせておくと、「日本薬剤師会」という組織自体の体質が問われてしまいかねないと思います。

 一体「日本薬剤師会」にはアイデンティティーというものがないのでしょうか?

2017/04/04 「ほくと薬局」営業権譲渡に際し、社長として思うこと・・・。

会社からの報告事項として掲載させていただきました通り、平成24年12月より丸4年あまり、泉佐野市を中心に活動を行ってまいりました「ほくと薬局」をこの度営業権譲渡という形で手放す状況に至ったことは、社長としては多くの方にご迷惑ご心配をおかけしたことに対するお詫びの気持ちと同時に大変残念な思いがあります。

 この原因は、1にも2にも薬剤師不足からくるものであることは言うまでもありません。しかしもう1つ考えないといけないことは、会社の母体の脆弱さということです。つまり今回は、ちょうどこの「ほくと薬局」の薬剤師が短期間のうちに2名退職に至ったことが大きな要因となっています。いずれも比較的早い段階からその意向を聞いてはいましたから、可能な限りその対応策を立ててきたつもりではありましたが、結局いずれの対応策もうまくいかずにこの事態となってしまいました。

 当社は岸和田にある山本保健薬局を母体として、平成22年に高石市、そして平成24年に泉佐野市に支店を開設いたしました。これはいずれも泉州2次医療圏に属し、3店舗の中軸にあります山本保健薬局から両店舗までは10Km前後という位置関係にあります。地域医療を進める中で、この位置関係は非常に大切です。そんな状況の中で「ほくと薬局」を手放すことは大きな痛手でした。ただ今回は在宅患者さんはすべて山本保健薬局から16㎞圏内にあり、そのまま山本保健薬局が引き継ぐことができたことは不幸中の幸いでした。ただ、今後は16㎞を超える方も当然出てきますでしょうし、何よりもこの位置関係であれば対応がどうしても遅くなってしまいます。ですから、少しでも早く泉佐野以南のところでの薬局の立ち上げが急がれるところです。

2017/03/10 ”光年”とは時間の単位?

「君の名は」という映画が大ヒットしているようで・・・。私はそんなに高い関心はないのですがCMなどでちらっと見る映像の美しさが印象的で頭に残っています。たまたまラジオを聴いていてその主題歌をフルに聞く機会がありました。RADWIMPSというバンドが歌っていましたがじっくりと聞いていて違和感を覚えました。「光年」という言葉が何度か出てきます。「・・・何億光年、何光年分の物語を話しに来たんだ・・・」というようなところです。この言葉は明らかに時間の単位として認識していますよね~。どうして皆さんこれを指摘しないんでしょう? なんでも今この曲はアジアでは随分と流行っているそうではないですか?それどころか、チラッとネットで見たところによれば英語版の歌詞が出来ていて、いよいよ”アメリカ進出!”だそうで・・・。英語でも歌詞は直訳されるのでしょうかね~?日本人の知的レベルが問われそうでちょっと愉快ではありません。

 けれども実は私、これと同じ経験は30年前にしています。山口百恵の「サヨナラの向こう側」という曲に、「・・・何億光年輝く星にも寿命があると教えてくれたのはあなたでした・・・」という一説があります。この歌詞を聞いて当時大学生であった私は友人に、て「これはおかしな日本語だ!」と結構鼻息荒く訴えるも、あまり相手にしてくれず、その後もうやむやになってしまったことがありました。この曲は、阿木燿子という作詞家の作品ですが、この作詞家は当時人気の頂点にあったキャンディーズが解散するときに最後のシングル曲として出された曲にこれまでのキャンディーズのヒット曲のタイトルを全て歌詞に入れた「微笑み返し」という曲を作りました。このような構成のユニークさや遊び心、センスもさることながら、シンガーに対する思いやりなども感じられ、この作詞家のファンになりました。そんな作詞家のこのような間違った日本語の使い方にずいぶんと落胆したので今でもはっきりと覚えています。

 当時と同様、この間違った日本語の使い方もこのままあいまいに過ごされてしまうのでしょうか・・・? ただ今回は世界中に拡散される勢いです!どなたか歯止めをかけてくれないでしょうか!

 話は飛びますが、先日薬剤師国家試験の合格率が発表されました。「80%強」だそうです。この数字とリンクして毎年ちらちらとささやかれるのが、この合格者の中に「力価計算が出来ないモノ」が必ず何割か存在します。これってどうかと思うのですが、この「光年」が時間の単位であると思っている人物はこの合格者の中に一体何パーセント紛れ込んでいるでしょうか・・・?こちらも随分と不安です。

 

2017/01/07 「子宮頸がんワクチン『副作用』非接種者にも同様の症状」のニュースにひとこと言わせてもらいます!

昨年末12月26日、4大新聞社が一斉にこのニュースを取り上げました。・・・がその取り上げ方が新聞社によって違っています。このワクチンを取り巻く副作用報道は既に周知されていることですから、あまり詳しく書きませんが、話の流れのために簡単に触れておきます。これは2009年子宮頸がんを予防するワクチンとして製造販売が承認され、厚生労働省が翌年に接種費用を補助する事業をスタートさせました。しかしその後、ワクチン接種後に体の痛みや歩行障害など原因不明の症状を訴える症例が相次ぎ、このワクチンの副作用が疑われたために厚労省の積極的な接種の勧奨は中止され、現在に至っています。しかし、それが今回非接種者にも同様の症状が現れていることが判明したために、‟副作用”が否定される可能性が生まれてきたということです。政府に批判的な”某誌”は、このワクチンの”副作用”が疑われた際には、大々的に報道されたにもかかわらず、”副作用”に疑問符がつけられる今回の報道の時には極めて小さな扱いになっています。これって、無責任ではないですかね・・・?・・・まだ、この新聞社の体質は変わっていないのでしょうか?

2016/12/16 去る12月4日(日)に会社説明会がありました。

当方が「会社説明会」に参加をするのは4~5回目になるでしょうか?この「会社説明会」というのは、何百店舗を抱える大手チェーンであろうと、我々のような2~3店舗の零細薬局も同じスペースの中でPRできる、というある種‟変な満足感”があって結構楽しく参加できます。今回は時間の関係であまり策略を講じることができなかったのですが、前回はなかなか楽しかったですね~。テーマは「在宅医療を深く学びたい人集まれ!」として「①‟インフュージョンポンプ”ってなに?、➁簡易懸濁法の落とし穴!」としていずれもポンプの操作方法や簡易懸濁法ができない症例を実演しました。なかなか好評でしたね!・・・ただし、肝心の学生は1名も獲得できなかったのですが・・・。(;´д`)

 ただ、今年はなんと20名も当ブースを訪れてくれました!今年に期待!!

2016/11/04 最近の学生実習に思う・・・

4年制の頃のカリキュラムは、実務実習などというものがありませんでしたから、4年生になったときに配属される各教室の研究が主な課題でした。今は配属される教室の研究とは別に‟実務実習”などという厄介なカリキュラムが取り入れられたために、2年延びたとはいえ、学生にとってはよりタイトなノルマをこなさないといけない状況が生まれてきてしまっています。しかも、多くの場合、実務薬剤師の教育を目的とする実務実習と各教室の研究内容とはほとんど関連性がないものとなってしまっていることから、学生にすれば、現実的には‟薬剤師”というものの像が描きにくい姿になってしまっています。それはある意味、‟職域の幅広さ”を示すものと考えれば、他の医療職より優れている点かもしれないのですが、致命的な欠点は、それを‟職能”としてまとめる発想を大学では教えてくれない事であるといえます!こんな状況で、学生は‟薬剤師”に夢や理想を求めることができるのでしょうか???

2016/11/01 「近畿在宅医療推進フォーラム」歌と芝居で伝える在宅医療~そこまで言って委員会~ に参加して思う・・・

この会は、在宅医療支援診療所が中心となって、各職種に呼びかけて開催しているようで、今年で第7回を数えるそうです。これまであまり薬剤師は参加してこなかったそうですが、今年はJ-HOP(全国薬剤師・在宅療養支援連絡会)のブロック活動を活性化させようということで方針を切り替え、はじめてJ-HOPとして後援しました。来年は大阪開催ということもあって、多少鼻息を荒くして、この会の中心人物であるN氏にお会いしに行きました。そうすると、いきなり「・・・ああ薬剤師さんですか?薬剤師さんはこのような場では随分と控えめですから、どんどんと表に出てきていただきたいですね~」というようなお話・・・。いや、来年は大阪でやるというので、一応大阪の代表の1人としてお会いしに行ったつもりだったんですが・・・。N氏の反応は、我々が薬剤師であるということを知って、明らかに(引き継ぐ相手はこの人らではないな~)ということを感じ取っている様子でした・・・。これって私のヒガミでしょうか・・・?

2016/10/28 ‟大麻所持”で捕まった高樹沙耶を許せない私なりの理由・・・(ちょっと下世話な話ですが・・・)

ちょっと前に、覚せい剤所持の容疑であの元プロ野球選手清原和博が逮捕されましたが、私は今回の高樹沙耶の逮捕の方が罪は重いと感じています。どうして彼女の方が罪が重いかといえば、次のようなことです。あくまでもメディアが伝えることからの推察であるのでどこまで真相を反映しているかは十分ではないのですが、清原の場合は、自らの離婚や引退後の不健全な生活など精神的にも憔悴した中での犯罪です。別の見方をすれば、それゆえその犯罪性を十分に認識したうえでの犯行です。一方で彼女はスローライフを実践したり、素潜りの日本記録を作るなど人生をアグレッシブに楽しんでいるように見受けられている中での犯行です。さらに彼女は「医療用大麻」の有効性など彼女なりの主張をしており、選挙公約にまで謳っているほどです。つまり自らの勝手な理解に基づいて、大麻の有害性の認識が薄く罪悪感を感じていないであろうことが清原の場合と違います。「医療用大麻」を主張するのであれば、それなりの幅広い知識を持ってその合理性を主張し、きちんと医薬品としての限定した利用方法をわきまえているのであればそれなりに耳を傾けようという思いもありますが、「医療用麻薬」など他の薬剤についての知識もなさそうですし、日常生活の中で安易に使用していたような節もあることから、結局は自ら乱用している「大麻」をただ合法化させたかった、という身勝手な犯行であるということです。罪が重いのは、彼女の場合には、自らの‟身勝手さ”、‟知識のなさ”を自覚するにはなかなか一筋縄ではいかなさそうに思えることです・・・。

2016/10/20 医師会副会長「中川氏」VS健保連理事「幸野氏」の‟処方権と調剤権の格差”を巡る大論争に思う・・・

これは、経緯を調べてみたら、先日10月10日に開かれました、日薬学術大会で中医協委員で健保連理事の幸野庄司氏の講演の中で、「医師の処方権と薬剤師の調剤権には格差がある。次回改定の重要課題にする。」といった発言に対して、中川氏が‟暴言だ!”とかみついてきたところから紛糾し始めたということです!

 「なかなか面白いことになってきたなぁ~」と思って読み進めると、日薬の常務理事である阿部好弘なる人物が「薬剤師に求められる役割・義務を果たすことが重要だと思っている」などと、全く頓珍漢なコメントを寄せて一気に興味をそがれてしまいました・・・。おまけに、このコメントに対して、中川氏から賛同の言葉があったようです・・・。

 ようやくというか、折角薬剤師の長年の悲願である、臨床における薬剤師の権利を主張できる機会を幸野氏によって与えてもらった、というのにワザワザ自らの権限を敵陣に差し上げるような行為をしてしまったのです!‟開いた口が塞がらん”とはこのことです!

2016/10/17 地方行政システムより‟薬剤師”の地域の中での立ち位置を思う・・・

私は薬剤師会の仕事に手を染めるようになってまだ3年ほどです。ずっと地元で薬局をやっていたにもかかわらず、これまでアウトサイダーでいたのにはそれなりの理由があるのですが、その話はまた別の機会にお話しするとして、今薬剤師会の仕事をするようになって、様々な人と接する機会が増えました。とりわけ地方行政、中でも岸和田市の職員の方と接する事が多くなりました。そんな中でことあるごとに思うのは、‟薬剤師”の影の薄さです。医師会は言うに及ばず、歯科医師会にしても、保険所にしても、それぞれの組織が様々な面で「市民講座」なる機会に市の依頼を受けて活動を行っています。それに引き換え薬剤師会がそのような依頼を受けることは、なかなかありませんでした。この点についてある職員の方と率直な話をしたときに、「・・・薬剤師会さんというのは一体具体的にはどんなことをしてくれるのですかねぇ~」という言葉が返ってきました・・・開いた口が塞がりませんでした・・・。現実には、薬剤師会なんて一般にはそんな程度なんですねぇ~。

2016/04/19 近畿厚生局は自らの言動に責任を取ってください!

当方は、以前に個別指導で、シップ薬の貼付部位の記載がない処方箋を問い合わせをしないでそのまま調剤したということで指導を受け、自主返金までしました。以降、1回1回、なかなかこちらの話まで聞き入れてくれない医師に対して、「・・・実は当方近畿厚生局の指導を受けて、外用薬の処方箋指示には・・・」というような説明を時間と手間をかけて問い合わせてきました。それが今回その記載要件が削除されたということらしいのです。信じられないことですのでいろんなところに問い合わせましたが、間違いないようです。一体自主返金した分はどうなるのでしょう?また、これまでに何百回と医師に説明して処方箋追記をお願いしてきたことは一体どうしてくれるのですか!!!このことを近畿厚生局にそのままぶつけてみましたが、言うまでもなく取り合ってはくれません。近畿厚生局は、当方にこれまで指導してきたことが変更になったことの説明はする責任はあるのではないでしょうか?

2016/03/23 「認知症事故 家族責任なし」のニュースに思う・・・パート3

私は文筆家でも、評論家でも、政治家でも、ましてや右翼でもないですから、メディア批判をしたいわけではありません。基本的には、2025年問題を真剣に考えている医療人の1人です。

 実際に、認知症高齢者の数は予想された以上のスピードで増加しています。しかしながら、それを支える社会インフラの整備はなかなか追いついていないのが現状です。また今回のようなJR事故は決して特別なものではなく、今後も同様の事故は十分に発生し得るでしょう。・・・もしも同様の事故が発生してしまったら、今回の判決結果から判断するとその責任を負う立場の人、組織が存在しなくなります。さらにこの裁判の裁判官は、驚くことに補足意見として「認知症の人が行動を制限されないことも重要だ」と述べ、認知症の人の行動範囲をもっと解放するよう暗に示しています。これでは、同様の事故の発生を助長するようなものです。前にも述べたように、朝日新聞の記事ではそのことに対して何のコメントも示されていません。メディアの無責任さというのが、このケースでも露呈されています。今、大切なのはこのような事故をいかに最小限にとどめさせるか?ということです。メディアの反体制プロパガンダに乗せられないで冷静にこの問題を考える必要があります!

2016/03/23 「認知症事故 家族責任なし」のニュースに思う・・・パート2

「インタビュー記事」ということもあって、どうしても当事者の個人的な意見が主体となってしまうのは仕方がないとしても、メディアは少なくともそんな事実を社会的な側面として捉え、もっと本質的な社会問題を見つけ出して訴えていく姿勢が必要でしょう。それを結局、「“介護者”という弱者がJRという大企業に勝訴した!」という、結局は60年前の”労使闘争”といった、はなはだしい時代遅れの主張に終わっているところが、メディアとしての感性を疑ってしまいます。これが、”朝日新聞”の本性でしょうか! 

2016/03/10 「認知症事故 家族責任なし」のニュースに思う・・・

このニュースを見て実は私も「あぁよかった」と思った一人でした。・・・でもじっくりと考えてみてください。今回の場合は、相手がJRという大きな会社だからそれでよかったですが、もしもその当事者が、小さな会社例えば町工場に認知症の老人が迷い込んできて事故を起こし、何日間も工場をストップせざるを得なくなった場合、いったいその被害の賠償はどうなるのでしょう? ・・・ついそこまできている超高齢社会の現実です!なんとか着陸地点を見つけておかないと社会が混乱してしまいます!

2016/02/27 「認知症介護の会」で話してきました。

はじめにこの依頼を受けてから、あまりこの「認知症」というものに明るくない私は準備のためにいろいろと調べました。その際に注意したキーワードは、「薬剤師の観点」ということです。そこで、いろいろと検索して目に付いたのが、「服薬管理にどれくらいの負担を感じているか?とか、どれくらいの時間がかかるか?というアンケート調査をまとめた資料でした。それによると、介護者の4割もの人がかなりの負担を感じ、また1回の服薬に10分以上かけている介護者が半数に及んでいることが示されていました。そのことを知って私自身愕然としてしまいました。介護者にとって服薬ということはきわねて大変なことだということが明確に示されている資料です。さぞや皆さん驚くだろうなぁ・・・!という思いでわくわくしながら話しました。・・・けれどもそれは意外と反応は鈍く少々肩透かしだったようです。後で気づいたのですが、考えてみると毎日そんな大変な思いを感じながら介護を行っている当事者に、こんなことを話したところで、“それがどうした?”という反応なのは当たり前だったようです・・・。(反省!!!)

2015/12/22 市役所職員の対応から「薬剤師の社会的スタンス」を思う・・・

歯科医師会の活動を批判するつもりは毛頭ないのですが、歯科医師の活動が市の委託を受けて「口腔ケア教室」や「介護予防教室」など様々な活動を展開しているのに対して、薬剤師会はこのように市から委託を受けたことは過去に1度もありません。まあ、その委託に対してフィーが発生しなければ問題にはしないのですが、いずれの活動にも市からのそれなりのフィーが発生しています。それで、歯科医師会が委託を受けているという介護保険課の方に、「薬剤師会でも、今後このような活動を展開したいので、講演などの協力をさせていただきたい」という旨の話を持ちかけたところ、予想に反して「・・・ん~ 薬剤師さんねぇ~ これは市があらかじめ立てた計画に基づいて歯科医師会さんに委託している事業ですから・・・」という“ケンモホロロ”というような返答でした。さらに、「・・・私たちもボランティアで市民の人に介護講習会のようなものは行っていますのでそのような形であればサポートはさせていただけますが、そんな形ではだめですか・・・」という返答でした。私も、持ちかける先が間違っていたのかもしれませんが、一体この扱いの差はどこからくるものなのでしょうか? 

しょせん、市の職員を含めて一般の人から見れば「薬剤師」なんてそのような認識でしかないものなのでしょうかねぇ~!

2015/12/14 患者さんとの喧嘩!

「お薬手帳」のシールは、まだまだ“かかりつけ薬局”が普及していないで複数の薬局を利用する人が多い現状では、我々薬局薬剤師にとっては患者情報を得るための大変重要な武器になります。しかしながら当薬局の場合、忘れる人は半分ほどいます。この持参率の低さは、多少の薬局間格差はあるもののいずれの薬局でも悩みの1つになっていると思います。以前は当方でも手帳を忘れた人にも「次回までに貼ってきてください」といってシールだけ渡していました。後にこの行為は“チェックをしたことにならない”という理由でお薬手帳の管理料が算定できなくなりました。これは至極当然のことだと思います。

 私がはらだたしく感じるのは、その算定が出来なくなったことではありません。ごく一部の人ではあるのですが、手帳を忘れた人が、「手帳を忘れたのでシールだけ出してくれ!」と言ってくる人がいます。理由を聞くと、なんと“ヌケヌケと”「お医者さんにみせるため」だというのです!その人の本心は、お薬のチェックは医師にしてもらうもので、薬剤師にはただ薬をもらうだけのことしか期待していないのでしょう。・・・そういう人には私ははっきりとこういいます!

「このシールは、お医者さんに見せるために我々がサービスで出しているのではありません!我々がチェックをするためにだしているので、持ってきてくれないとチェックが出来ませんのでシールをお渡しできないのは当然です!どうぞご理解ください!」

それで怒り出す患者さんは結構います。「医者に見せるように言われてるんやー、頼んだのにクレへんかったと医者に言うぞー」とか「シールぐらい安いもんやないか!ごちゃごちゃ言わんと暮れてもエーやないか!」とか、結構言いたい放題言われることがあります。けれどもこのことは決して譲るつもりはありません!それでその患者さんが当方を利用しなくなってもそれはそれで仕方がないと思っています。それよりも、そのバカな患者の言いなりになって、シールだけ渡しているドアホな薬局が存在することは大変嘆かわしいことと考えています!シールを渡して算定しているところもしていないところもありますが、算定云々は関係ありません。むしろまだ、それで算定している薬局の方が自らが“確信犯”と自覚しているだけ救いかもしれませんねぇ~!

 このような現状を目の当たりにすると、まだまだ薬剤師の社会的な存在感はうすいということが感じられます・・・。

2015/12/09 “勇気をもって近畿厚生局批判!”~パート2~

さすがに詳しい指導の内容についてはここでは控えさせていただきますが、いずれの指導も薬局には自主返還も含めて強く指導される一方で、処方をする医師サイドにはほとんど指導されていない例が多いようです。このような指導を継続することによって医療の質がどの程度向上するのか?社会に及ぼす利益をどの程度把握して指導しているのか?はなはだ疑問が残ります!

 厚生局の指導というものに対しては、私の個人的なイメージは、例えば老人福祉施設への薬局側からの不正な金銭の供与とか、薬局の架空の訪問活動の取り締まり、といった確信犯的な影の部分の摘発をする大局的な指導を想像していました。ですから、前回の“召集令状”が届いたときにはその理由に対して大変悩み、今でこそ正直に言えるのですが食事ものどを通らないほどでした。

 そんなイメージで受けた個別指導でしたが実際には・・・(あとの文章は控えさせていただきます。)。

 とはいえ、当方の不備は不備で、(彼らにすれば)大変重要な問題なのでしょうから、今後決してこのような手落ちがないようには重々気をつけて業務に当たろうと硬く決心しております!!? 

2015/11/27 「地域包括ケアシステム」の活動に思う・・・

このところ、「地位包括ケアシステム」という言葉が一般のメディアに頻繁に登場するようになりました。これは、2025年を目前に控えたオカミが、少しでもそれを前に進めるためのプロパガンダであろうと思われます。・・・別にそのこと自体は悪くはないのですが、このような問題は「政府が直接社会に呼びかけて進めるものではない」というのが私の持論です。あくまでも地方行政がイニシアティブをとって行うものであり、実際に動くのはその地域の中で直接に関わっている我々医療・介護スタッフが動くのが最も有効で合理的な方法である、と思います。

2015/11/10 町内の商店街の旅行に参加して思う・・・

この「商栄会」の旅行は、5年ほど前に一度行ったことがありますがそれ以降ずいぶんとご無沙汰していました。近隣の商店街の人というのはほとんどの人はうちの薬局を利用してくれていて、改めて感謝の気持ちが湧いてきました。一方で、散髪屋さんも雑貨屋さんも酒屋さんもほとんど私は利用していなかったことにあらためて気まずい思いをしました。・・・“地域包括ケア”とかえらそうなことをいっていても、その根本の根本を忘れていたのかもしれないです。・・・これからは出来る限り町内のお店を使うようにしようと決心しました・・・。(・・・でも正直、散髪屋はかえにくいなぁ~)

2015/11/02 去る10月31日に「第12回HIP研究会関西支部会」が開催されました。

どんな勉強会・研修会でも回を重ねるにつれて、その世話人の間で頭を痛める問題ではないかと思うのですが、微妙な方向性の違いというものが生じてきます。我々の場合、「在宅医療」の発展・高度化という方向性では一致していても、その対象が各人のスキル・技術の高度化という方向性と、会員の増強、在宅医療のすそ野を広めるという方向性に分かれてきます。平たく言えば、「在宅」という風呂敷にものを貯めようという活動と、風呂敷を広げて提供しようという活動です。 我々にはまだまだ広げるほどのものが貯まっていないのですから、貯める努力が必要なのは言うまでもないことなのですが、ほんの少しでも周りの人にないものがたまってくるとどうしても広げたくなる・・・というのは、人間の本質なのでしょうか? だんだんと「すそ野を広げる活動」にシフトしてしまいがちになります。

 ・・・その理由は簡単です。「楽して大きな評価がもらえるから・・・」です。

 ・・・けれども、こんな目先のことしか見ない活動では、決して本当の意味での「在宅」は普及しないでしょう。

2015/10/20 ある余命宣告を受けた患者さんに教わったこと・・・

歳は70歳半ば、まだまだシャキシャキしていて町内ではいろんな面で目立っていた人です。ご主人は昔かたぎの結構わがままな人ですから、他人の私が言うのはよくないかもしれないですが、苦労は絶えなかったのではないかと思います。1~2か月前より感じていた体調不良で市民病院を受診し、その結果唐突に病名と余命宣告を受けました。「胆管がん、余命1年から1年半」ということだったそうです。その生々しいやりとりを伺って、こちら側の動揺を悟られないように目を合わせないようにしながら言葉を選んでいると、落ち着いて「1年半やてー。それやったらそれでもかめへんけど・・・。」とあっけらかんと話している様子に、こちら側がほっとしたのを覚えています。その時に「なんと度胸の据わった器の大きい人か・・・!」、と感心しました。

 その後処方箋の薬はもとより、足の浮腫み、体力の減退などの病状の相談、またはセカンドオピニオンの紹介依頼、さらにはご主人への愚痴なども含めて様々な相談に訪れるようになりました。そんな折緩和ケア科の医師より抗がん剤治療の終了と在宅医療の話がありました。それに対する彼女の反応は、私の予想とは大きく異なり、大変な動揺とショックを隠せない表情を見せました。余命宣告を受けた時には、あれほど冷静で器の大きさを感じさせた人でも、このような話はまた別の次元で捉える必要があるようです。これまで、我々在宅医療に関わるスタッフは、ターミナル患者さんの在宅移行が遅れ遅れになってしまうのは病院側に基本的な問題があるように感じてきました。しかしそればかりではない、複雑な要因が関係していることが分かりました。

2015/10/14 日薬の“かかりつけ薬局を持ちましょう!”運動はどうもおかしくないですか・・・?

先日、日薬から「かかりつけ薬局」をPRするポスターと患者さん向けのパンフレットが50部ほどと送られてきました。パンフレットには詳細に「かかりつけ薬局」の説明が書かれています。けれども先にも述べたとおり、9割ほどの薬局は実質的には特定の医療機関からの処方箋を期待するマンツーマン分業によって成り立っている現在の状況下において、どれほどの薬局がこのパンフレットを利用しようとするでしょうか?・・・いやそのことより、最も危惧すべき状況は、まだまだ十分に「かかりつけ薬局」というものの判断基準が曖昧な現状の中で、客観的に見て明らかにその資質を備えていない薬局であるにもかかわらず自らを「かかりつけ薬局」と主張して譲らない薬局があれば「かかりつけ薬局」が間違った意味で普及してしまい、結局は「薬局」そのものの存在価値が損なわれてしまう可能性も十分に考えられます。 

2015/08/28 大学院時代の恩師の死に思う・・・

先日このブログに、大学院時代は私はデキが悪く苦い思いをした・・・というようなことを書きました。けれども今思い起こしてみても、それは同時に大変楽しい思い出として心に刻み込まれている・・・、というようなことも述べました。どこでもそうだと思いますが、大学院というところは学部時代と違うのは、大学内での生活時間が長く自らの生活にどっぷりと入り込んでくることです。例えばある先輩は、教室の自分のデスクの横のところにインスタントラーメンを箱ごと置いていて、夜中や休日に教室の湯沸し用のガスコンロでちょこちょこ作って食べていました。私はちょうどその先輩の横の席でしたから、その先輩のインスタントラーメンについての講義も受けたことがありました。そのように、院生は先輩や先生たちと、よりプライベートなところまで立ち入った付き合いをするようになります。

 先日、私がマスター時代に教室の助手をしていた先生の訃報が突然舞い込んできました。その人は私より3つ年上の女性で、おそらく優秀だったのでしょう、学部を卒業してすぐに教室の助手になっていました。私が出合ったのは彼女が助手になって確か2年目の時です。私も新しい世界に飛び込んで夢を膨らませていた時期でしたが、今考えてみれば彼女も同じように夢を膨らませていた時期だったに違いありません。そんななかでいろいろなことを教わりました。研究のことや学内のことはもちろんですが、教室内でのルールから日常生活のアドバイスまで厳しく、また暖かく私にとっては姉のような感覚で指導してもらっていたように思い起こします。私は今でもずっと当時教わった教授の指導を心に留めながら日々の業務を行っています。しかしその指導をかみ砕いて教えてもらい、サポートしていただいていたのは彼女でありました。・・・まだまだ筆舌に尽くしがたい思いがこみ上げてきます・・・。

2015/08/25 大学院時代の苦い思い出(パート2)・・・

大学時代に「部活」に注ぎ込んできた情熱を、大学院ではその全精力を「研究」に注ぎ込んできました。しかしいくら頑張ったところで、英語の文献はそう簡単には読めるようにはなりません。また、研究解析能力は基礎学力の上に積み上げられるもので、土台が出来ていない物の上には何も積み上げることはできません・・・。元来秀でたものがあってそれが埋もれているのであれば、大学院で飛躍する可能性もあるのでしょうが、そんな人は100人に1人いるかどうか・・・?というほど珍しい人材であって、当然私にはそういう天性の才能はあるはずもありません。結局大学院時代は周りの人に対してコンプレックスに苛まれて過ごした2年間だったように思えます。

 けれども精一杯にやったという満足感からでしょうか?入学当初は学部学生の視線が気になっていた私も、マスタ―2年になるころには、彼らの前で教授にどんなに大きな雷を落とされても全く動じなくなっていました。そして何より私にとって心の支えになっているのは、卒業間近に教授に言われた次の言葉です。

「私の長い教授生活の中で、2年間であなたほど伸びた生徒はいません!」

・・・この言葉は、いつもの“雷”の中で、学部学生をはじめマスター1年生もいるセミナーの中で言われました。ふと出てきた言葉ですから、決して純粋なほめ言葉ではなく、裏に「当初いかに酷かったか・・・」という意味も含まれています。

そんなことを十分に把握した上で、私にとっては何よりもありがたい言葉として心に刻まれています。

大切なのは、人と比べて自らはどうなのか? ということではなく、以前に比べて今の自分はどうなのか?

ということです。

2015/08/21 大学時代の楽しい思い出・・・

私の場合は大学時代の大半の時間を「クラブ」に費やしていました。所属クラブは剣道部でしたので、体育館の2階にある道場が私の活動拠点でした。生活パターンも交友関係も全てそこがベースでした。もちろん練習も一生懸命にしましたし、それなりの成績を収めキャプテンも務めました。けれども、今思い起こしてみて実際に「剣道」そのものが好きであったかどうかはわかりません。どちらかと言えば、私はこのクラブ活動を通じてつくられた人間関係が好きだったのではないか?と思うのです。

 幸いにも、我々が執行部の時に伝統ある薬学生の関西大会の主管を務める機会に恵まれました。そのために理事長に寄付を戴きに行ったり、先輩との交流、他大学との交流など勢力的に様々な行事をこなし、これまでに見られなかったような盛大な大会となり大成功を収めることが出来ました。またそれ以外にも、私が高校時代に交流戦などで知り合った様々な仲間を積極的に自らの大学の練習に招いて練習をしました。中には、将来剣道を本業とする体育学部、武道学部といった明らかにレベルが違う連中も何人かつれてきて、練習の後の宴会までつきあわせました。 (・・・先輩方には大変申し訳ないのですが、)これまで、剣道の世界では部員の数や練習時間、そして“打ち込み熱(?)”などから「○○薬科大学」というだけで、どうしても・・・”覇気のない弱小クラブ”というイメージがつきまとい、実際に試合でも1、2回戦で姿を消してしまうケースが多かった事実に対するくやしさ、そしてそれにも増して気に入らなかったのは、そのことを当たり前のように受け入れてしまう、薬学部剣道部員のキャパシティーの小ささが反吐が出るほどキライだったのです。

 そんな”キャパシティー”、”世界の違い”、にとらわれないで付き合うことの”愉快さ”を経験してきたことが、ひょっとして、今「大学教授と肩を並べて講演会講師の席に着くこと」、「医師の中に混じって地域医療についてディスカッションの輪に加わること」、「多職種との交流の先導をきること」をなんの抵抗もなしに、行わせてくれるのかと考えています。

 

2015/08/12 大学院時代の苦い思い出・・・

大学院というのは、そもそも合格させることが前提で行われるような入試ですから、学部に比べてずっとそのハードルは低いのが一般的です。そんなこともあって、大学時代全く勉強をしなかった私も合格することが出来ました。けれども人生そんなに甘いものではありません。そのボロは入学後ほどなく現れてきました。大学院というのは幸いにも「試験」というものはありませんでしたから、学部時代のように欠点や再試などに悩まされることはなかったのですが、教室という少人数の中で、様々に知恵を出し合って研究を進める、というルーチンな業務の中では基礎学力がないことは誰の目にもすぐに分かります。その分本質的な実力が見透かされるのです。それは大学時代の教科内容にとどまらず、英語や国語力の稚拙さ、さらには社会常識のなさまで露呈してしまいます。ある意味再試に悩まされていた大学時代よりもずっとコワイところがあります。

 そんな中で「自分は本気を出して勉強してもたかが知れている」ことを初めて思い知らされました。しかも最もイヤなことは、教室では月に1度研究報告会が開かれるのですが、その場には配属されている4年生の学部学生も参加します。そこでも教授をはじめ各先生方は容赦なく研究の不備をついてきます。思い過ごしかもしれませんが、普段結構偉そうに上から目線で話している学部学生の前でちょっとでもアホなところを見せてしまうと、彼らの目は鋭く私の心に突き刺さってきます。大学時代には、こんなことには全く動じない図太い神経を持っていた私ですが、さすがに大きなコンプレックスに打ちひしがれてしまっていた時期でもありました・・・。

2015/07/20 「ピース又吉」の芥川賞受賞に思う・・・

“お笑い芸能人が芥川賞を受賞!”という少々ミーハーチックなところに私自身関心があった、という面もいささか否定はできませんが、私は彼のある側面に興味を持ちました。私が見たトーク番組で彼は、芥川龍之介、太宰治の人間性についていろいろと彼なりの評価を語っていました。その評価が的を得ているのかどうかも私には分かりませんが、その様子を見ていて本当に彼らの作品が好きなんだなぁ、ということがじっくりと伝わってきました。彼は小学生、中学生のころは学校の勉強は全くできなかったらしいのですが、読書だけは好きで国語の読書感想文には実に繊細な評価をしていたそうです。成績に結び付こうがつくまいがそんなことは彼には全くどうでもいいことなのです。今でも彼の部屋には2000冊を超える本が並んでいるということも言っていました。牽制欲、ネームバリューや金儲けのためにやっているのではなく、純粋に読書が好き、本が好き、な人こそこのような賞を受ける権利がある、という意味で彼の受賞には拍手を送りたいという気持ちになるのです。

振り返って我々の世界を眺めてみると、「在宅医療」というと我先にと名前を連ねる人物が登場します。果たして彼らは本当にどれほど「在宅医療」に貢献しているのでしょう?どれほどの在宅患者さんに喜ばれているのでしょうか?と考えた場合、「ピース又吉」のような純粋な在宅薬剤師が少しでも多く登場してほしいと願わざるを得ません!

2015/06/16 ある1人の男性の死に思う・・・

 彼は“根っからの岸和田の男性”という雰囲気を持っていました。昔かたぎで人が良く、正直者、金儲けは下手!女性には全くモテないタイプです。といっても60歳以上のおばさんには大変人気があります。当然祭り好きです!だんじりのことは彫り物はもとより、鳴り物から小さな道具1つをとっても大変細かいことまで知っています。そればかりではなくだんじりの歴史や祭りに関わる人間関係に至るまで、彼にだんじりのことを話させれば一晩や二晩は飽きません。・・・おっと、彼に言わせれば彼は決して“祭り”は好きではないそうです。”祭り”ではなく”だんじり”が好きだそうです。私には「どこが違うねん?」と思うのですが、彼曰くそれは全然違うそうです。その違いは、私にぼんやりと理解できたことは、次のようなことです。“祭り好き”という輩は、ただ、”祭り”の浮かれた雰囲気が好きなだけで、決して”だんじり”をじっくりと見ようとしないそうです。それに対して”だんじり”が好きな人は、祭りになって躍動している“だんじり”そのものが好きで、祭りの間中、決して“だんじり”を離れようとしない。もちろん祭りに地方からの客を呼ばない・・・というのが常識だそうです。

 彼の親父は、もう30年か40年ほど前に亡くなっていて、それ以降はずっとお母さんと2人で暮らしていました。私は「彼はこのまま独身を通すのだろうな~」と失礼ながら思っていました。ところがそんな彼も、50歳を過ぎた頃でしょうか?・・・17歳も年下の彼女を連れてあたりをうろうろするようになりました。今回の知らせをくれたのも、実はその彼女からでした。じっくりと彼女とは話したことはなかったのですが、今回の件で少しゆっくりと話すことが出来ました。結局彼女の方の親に反対されて籍も入れずじまいで、実の親には勘当状態。今後のこともまだ全く考えていないそうです。「あんまりないかもわからんけど、協力できることはするでー。遠慮なしに相談してな~。」とだけ話しました。

 ・・・・多くの人にとって、彼の死は大きな影響もなく忘れられてしまうでしょう・・・。けれども確かに彼はこの世で存在していましたし、私を含めて彼の周りの何人かの人は彼のことを忘れないでしょう・・・。

 ・・・うまく言えないですが、数えきれないような このようなドラマが繰り返されているのが “社会” なんですね~。

2015/06/01 鹿児島で開かれます、「第48回日本薬剤師会学術大会」で発表を行います!

来る、11月22日、23日に鹿児島で開催されます「第48回日本薬剤師会学術大会」で発表することに致しました。テーマは、「ポンプレンタル事業を通して見えてきた病院と地域医療サイドとの連携における問題点とその打開策」です。演者は私、山本です。実際の経緯は次のような割とエーカゲンなことです。・・・たまたま今年の岸和田支部の活動で、補助金をもらって結構大々的に行った事業があったのでその発表をすることが以前より提案されていました。それには我々理事も応援団として参加することになりました。わざわざ行くんだったら発表でもせんとなぁ~、というのりです!

2015/05/18 ある1人の“在宅仲間”について思うこと・・・。

今、“在宅”は花盛りで、やたらと様々な講習会や研修会が開かれています。私も若輩ながら講師として何度か招かれることもありました。誰もそうだと思いますがこの“講演”というものは招かれると大変うれしいもので、初めのうちは少しでもいい話にしたいという思いから、何度も何度も練習したものですが、慣れてくるとだんだんと要領をわきまえるようになり、同時に少しずつ話もうまくなって説得力を持ってきます。私も在宅関係だけでも数えきれないほどの方の講演を聞いてきましたが「在宅」といえばだれもが知っている人の名前もあります。中には年間100回以上も講演する人もいるようです。

そんな人は「さぞかし活発に在宅をこなしているのだろう!」というように思いがちですが、なかなかそれがそう単純ではない!私も何人か知っていますが“在宅”を手掛けている人なら多くの人が知っている、という人でも実際に1人も個人宅を訪問したことがない、という人は珍しくないのです。そもそも年間に100回も講演会に全国を走り回っていて、日々患者さんから目が離せない在宅活動などできるはずもない・・・!ということは、冷静に考えてみれば必然的に見えてきます。

 そう考えてみると、このH君こそ本当に我々が知りたい在宅活動が出来ている人なのかもしれない!と、彼のオーナーさんに会って以来しみじみと考えています・・・。

2015/04/30 4月29日「親睦筍堀り」を開催しました。

4月29日(祝)、会社のスタッフみんなに呼びかけて、「筍堀り」を開催いたしました。昨年亡くなった会長の郷の河合町は筍の産地で、何人か親戚でも筍の山を持っていたことから、これまでもちょくちょくと知り合いを集めて行ったものでした。今回は一応会社の親睦活動として行いましたが、スタッフの家族や友人にも広く呼び掛けて来てもらいました。そうすると、スタッフの子供やその友達、さらにはスタッフの行きつけのスナックのママさんなど、私が面識のない面々がたくさん集まってくれました。・・・当然それぞれはお互いに知らない者同士が集まっているので、はじめはあまり会話もなかったのですが、次第に打ち解けてきて、遠くからみんなの大きな笑い声が聞こえてきたりすると、何とも言えないような嬉しい気持ちがこみ上げてきます・・・。

2015/04/17 報道ステーションでの“古賀茂明コメンテータ問題”を巡ってあらためて「メディア」を考える・・・

 様々な事件・ニュースに対して何の予備知識もない一般視聴者にとっては、映像で話される人のコメントは専門家であろうと、全くの素人であろうとあまり大差がなく受け止めてしまう傾向にあります。そのことは大きな危険性をはらんであるように思います・・・。もう少し詳しく述べます。

 今回問題となった番組の「報道ステーション」に限らず、報道番組、情報提供番組にはそれぞれのニュースに対して、様々な消費者目線の声を挙げるのが目的なのでしょう、いろんなコメンテーターが自らの感想をいわば“無責任に”話します。例えばそれがお笑い芸能人であれば一般視聴者からはそれなりに素人目線の発言として受け止めることはできます。けれどもなまじっか“〇〇大学教授”とかいう肩書の人、いわゆる文化人、知識人と言われるような人がコメントをしているとどうもそれがあたかもその世界の専門家の発言であるかのような受け止め方をされてしまいます。そこに大きな危険性が潜んでいるのではないでしょうか! 

 そのことを「メディア」の世界にいる人は、十分に把握し、自らの影響力というものを十分に理解した上で番組制作を行ってほしい、と思うのです。そのハードルが「表現の自由」という形で下げられてしまっている印象を私は持っています。

2015/04/12 薬学教育の2面性を憂う・・・パート5~調剤テクニシャンの不合理性~

私が初めて「テクニシャン」という言葉を知ったのは、大学院時代に研究職をしていた先輩から教わりました。財力のある研究室には「テクニシャン」がいてルーチンな実験は彼らに任せるのが普通で、薬剤師は研究の目的やポイントを彼らに伝えるだけです。優秀な「テクニシャン」になるとその先輩など研究者が行うよりずっと早く正確な実験が出来るそうです。けれども決して研究者は、その「テクニシャン」に自らの業務を奪われるような切実な思いは持っていません。それは、その研究の意義を見つけ、データを解析し考察を加えて今後の方向性を模索するのはあくまでも研究者であって「テクニシャン」にはできない事であるからです。

 それを考えると薬局薬剤師の調剤業務も本来は「調剤監査」はもとより、「処方解析」、「処方鑑査」がその主たる業務で、物理的にもその業務に薬剤師が追われるようであれば何の心配もなく「テクニシャン」の導入を歓迎するのですが、実際にそうはなっておらず、薬剤師業務の大部分はルーチンな処方箋調剤業務となっているのが現状です。

 ・・・本来そうではないのですが・・・。上記したような業務に戻そうとすれば、薬剤師は、かなりな覚悟を持って、医師をはじめ他のスタッフから自らの領域を奪い取らないといけません! 社会からいわゆる「分業バッシング」なるものを浴びせられている今でこそ、そのような覚悟を持って真剣に取り組まないといけない状況なのかもしれません。

2015/04/10 薬学教育の2面性を憂う・・・パート4~「テクニシャン」について考える~

今、慢性的な薬剤師不足を背景として、案の定というか予想通り、実務的な調剤サポートを行うスタッフとして「調剤テクニシャン」を制度化しようという動きが起こってきました。これまでグレーな存在であった調剤室の中での無資格者による調剤補助業務を、クリアな形にしようという動きです。実務的なスタンスから考えますと、このような考え方は合理的な発想で一刻も早く進めて欲しい感じはあります。けれども、そういった「テクニシャン」に対して資格を与えるべきか、そうではないか。という最初の段階から議論が分かれてしまいます。それは、「テクニシャン」が生まれればどこまで薬剤師の職能を委譲するか?つまり、これまで「薬剤師」にのみに与えていた既得権益(?)を自ら放棄し、結果的には自らの首を絞めてしまうのではないか?というパラドックスに陥ってしまっているのです・・・。

 考えてみれば、なんともサモシイ論議なのでしょう***。

2015/04/08 日本老年医学会は、「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」を10年ぶりに見直し・・・というニュースに一般紙「朝日新聞」が取り上げたことについて思う・・・

日本老年医学会は、「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」を10年ぶりに見直し・・・というニュースに一般紙「朝日新聞」は以下のような記事を掲載いたしました。それに対して、当然のことながら早速当方にこれらの薬を服用している患者さんから「こんな薬飲んでてええんか?先生はこのことをちゃんと知ってるんか!そちらから話して削ってもろうて~!」というような問い合わせがありました。記事を書いた記者からすると、「記事の中に『自己判断で中止、控えて』と書いてあるのできちんと読んでくれれば、誤解はないです!」という答えが返ってくるでしょう。 けれども実際に「中止を考えるべき薬と副作用の例」として具体的薬品名まで掲載するのはいかがなものでしょうか?良いか悪いかは別として、一般の患者さんはともすればメディアは“絶対”で、たとえ信頼している「かかりつけ医」の処方であっても、今回のような記事があればその信頼は簡単に揺らいでしまいます。そのことをどこまでメディアは重く受け止めているのでしょうか・・・?

 皆さんはどのようにお考えですか?

ちなみに当方は、「朝日新聞」のほか、「読売新聞」、「産経新聞」をとっていますが「朝日新聞」以外の2社はこのニュースは取り上げていませんでした。

 

 

2015/04/06 規制緩和の対象としてテーブルに乗った「医薬分業」をめぐる論議について思う・・・

何度か私のブログの中で触れたことがありますが、もう一度簡単に「医薬分業」(以下分業)のこれまでの経緯を述べます。

 「分業元年」といわれた昭和49年以降、色めきだっている薬剤師会をしり目に、実際にはなかなか進展していかない状況が20年以上続き、あきらめムードが支配的になりつつありました。そんな中で、“第二薬局”の規制をクリアし、かつ経済効率を優先させた門前薬局・マンツーマンタイプの薬局が台頭してきました。このタイプの薬局は、昭和49年の分業元年当時、声高に分業を先導してきた人とはそのコンセプトも目標も明らかに異なる人々の勢力でありました。当初は、私も含めて多くの薬局薬剤師は現状の閉塞感からの打破としてこのタイプの薬局の価値を一部認めてはいたものの、いずれこのような薬を渡すだけの薬局は、その独自性が求められるようになると、淘汰される流れになるものと楽観的に考えていました。例えて言うと、当時生まれて一世を風靡したコンテナを改装しただけの簡単なカラオケボックスは、少しずつきちんと整備された個性のあるカラオケボックスに進化していきましたが、薬局もそのような流れで、少しずつ個性のある地域に根差した形に進化していくものだと私は考えていました。けれどもそんな流れはなかなか生まれず、結局は現在まで、無味乾燥なマンツーマンタイプの薬局が主流を占めてしまっているのは自明のとおりです。私の中では、これは薬局とは考えていません。もしもこれが薬局であるというのであれば、私は分業のメリットなど全くないものと思っています。

 そんな中で私がずいぶんと違和感を覚えたのが、一般社会の反応です。マンツーマンタイプの薬局が台頭し、そのおかげで社会全体が分業の流れに動き始めた当時(だいたい昭和から平成に変わる前後でしょうか・・・)、朝日新聞をはじめマスメディアはこぞって分業というシステム自体を歓迎基調で受け止めていたのが功を奏したのか、一般の人は分業をバッシングする雰囲気はあまりありませんでした。「2度手間になる」とか「支払額が高くなる」という弊害はすぐにも実感することから、利用者の一部にそんな不満は聞こえては来るものの、分業自体を否定する声はあまり聞かれませんでした。私が理解できなかったのは、おそらくこのシステムに対するメリットを感じていないであろう場合でも結局は大きな声を挙げずに受け入れている・・・ということでした。当時面分業にこだわっている中で、少しでも処方箋調剤を獲得しようと、多科受診の患者さんの一包化であるとか、粉砕調剤とか、一生懸命患者さんや医療機関にPRしていた私にとって、ある種肩すかしのような虚無感を覚えたものでした。

 しかし、今になって分業に対して批判的な発想が出てきて、改めてそのシステムについて考えましょう!という動きが生まれて、今回の新聞記事です。

 「患者目線」ということで意見を述べている識者は、おそらくはそんな経緯を把握されておられないのでしょう。“現在の分業システム”をまず肯定的に認めた上で、「・・・薬局の医療機関からの独立性は、経済的独立性か物理的独立性か・・・」というような点に焦点を当てて述べています。どうしてそんな論議が今、テーブルに乗せられるのでしょうか?例えば氏の話の中に、「・・・同じ薬を受け取るにしても『院内処方』よりも病院付近の『院外処方』された薬の方が、患者が支払う額が高額になっていることは知られていない。」という話が出てきますが、このような論議は、すでに各施設で分業に切り替えられてきた20年ほど前から盛んに行われ、今では周知のことであるはずです。今、もう一度蒸し返して「・・・知られていない」と言われても・・・。むしろ私には、氏が今の分業を認めていること自体、どの程度この問題を真剣に考えてるのか疑いたくなってきます。と同時に、仮にも「患者目線」として意見を述べている識者がこのような形を以って“分業”と認識していることに落胆を覚えます。

2015/03/31 薬学教育の2面性を憂う・・・~パート3~ 大切なことは“マインド!”

以前に某メーカーのDI室に薬品情報を伺った時のことですが・・・。「この薬は、水に溶けますか?」という質問に対してその回答者は「水には難溶性ですがアセトンなどの有機溶媒には溶けます」という答えが返ってきました。その時直感的に「この人は薬剤師ではないな~」と感じました。つまり、我々の環境や質問の目的を想定して回答しようとしているわけではない、ということが瞬時に読み取れました。つまり、当然我々は「服用」のための質問ですから、その薬が人には服用できないアセトンに溶けようが溶けまいが、どうでもいいことなのです。薬である以上「人が服用すること」というのが大前提でそこから様々なことを考えていく・・・という発想が大切です。

 創薬に携わる薬剤師の研究者が、薬剤師以外の研究者との違いは実はここにある、と私は思っています。この考え方、というか“センス”が重要で、例え臨床には興味がない研究者まっしぐらの人に対しても、そんなセンスこそ大学で叩き込んでいただきたい、と思うのです。それには手っ取り早いのが「実務実習」ということになってきますので、そういう意味での「実務実習」の利用価値を評価すべきと思います。

 ですから私の目指す本当の薬剤師像はあくまでも「オール薬剤師教育」です。その本筋のところをヨウク意思統一していただきたいと思います。大切なところは“マインド”です!

2015/03/27 春木南浜町敬老会で「高齢者とくすり」というテーマで話してきました

前回は、結構広域の人を対象として参加者も80名近い人を対象として話しましたので、大きなスクリーンを使って講演会形式で行いましたが、今回は20名ほどの参加者ということでしたので、できればグループワークのような形で様々な声を伺いながら進めてみました・・・。けれどもやっぱり難しいですねぇ~。何人かの人は積極的に話してくれたのですが、まだ「グループワーク」という形に慣れていないせいか、どうしても発言してくれる人は数人の人に限られてしまいました・・・。

2015/03/24 薬学教育の2面性を憂う・・・パート2~私の考える打開策~

 そもそも「創薬研究」を目指していた「薬学教育」が、「薬剤師養成義務」を余儀なくされてしまったことに、6年制へ向けての大学薬学部の迷走が始まっている・・・と私は見ています。「~いやあそれは違うだろ~!そもそも4年制のころから「薬剤師養成義務」はあったはずでしょ~!」と反論されるかもしれません。確かに4年制の時代から「大学薬学部卒業」、が唯一薬剤師国家試験受検の資格条件でありました。しかし、よく4年制の頃の社会情勢を考えてみてください。薬剤師の国家試験は薬学部を卒業しないとその受験資格はもらえなかったものの、人気のある就職先は企業の研究、開発、営業、といったところです。・・・それらは薬剤師の資格がないと就職できない分野ではありませんでした。今、卒業生の30%が就職する、ダントツの就職先である「薬局」に至っては上位10位以内にも入っていませんでした。

 言うまでもなくその理由は当時の「医薬分業率」です。当時のそれは10%にも満たない状況で、薬剤師といえども町の薬局では、シャンプーやティッシュペーパーなどの雑貨を中心とした物品販売がその業務の主流で、それらの価格競争や流通ノウハウを身に着けることが1つのスキルでした。残念ながらそんなスキルはおよそ薬学教育とは縁の薄いものです。従って、今盛んに行われている実務実習などの産・学の交流のような活動は一切なく、我々実務者側も業務について大学を頼ろうというような発想すら起こりませんでした。要するに大学の教員は、いわゆる臨床に接する「薬剤師」になった学生については、卒業さえさせればあとは「ヨキニハカラエ!」で良かったのです。にもかかわらず、薬剤師国家試験の合格率は全体で常に90%以上をキープしていました。要は、資格を“与える側”も”もらう側”も「薬剤師」という国家資格に対してそれほど重要視していなかったのではないでしょうか? 

 口には出せないでしょうが、大学の教員にとってみれば、そんな“無責任さ”が許されていた環境は、今考えれば”良かった時代”と感じているのではないでしょうか?特に有機系・合成系をはじめとする創薬分野の教室の教員にとってみれば、「処方箋調剤」なんて全く関心も関係もない分野でしょうから、そういう考えも無理もない自然なことだと思います。

 

 しかし、医薬分業率がうなぎ上りに進展するのと並行して、社会も医療の中での「薬剤師」の存在を認識するようになってきました。そのような社会背景の中で、薬学部の6年制がスタートしました。薬学部としても「薬剤師養成教育」は無視するわけにもいかず、これまであまり大学には縁が薄かった臨床の実務者を大学教員に招き入れて実務教育に本腰を入れてはじめました。さらに学生に対しては5年次には1年間をⅢ期に分け、そのうちⅡ期を病院と開局薬局に行かせて実務指導をさせるなど様々な臨床教育に向けての取り組みを行っています。形の上では創薬分野も含めた“オール薬剤師”教育が実現しているように見えます。果たしてこれは社会にとって、あるいは薬剤師にとって有益な、あるいは合理的な状況なのでしょうか・・・?詳細に眺めてみると、私は大いに疑問譜がつくものであると思っています・・・。

 上記しましたように、5年次の学生は教室配属されているにもかかわらず、1年間で2度、計22週にも渡って実務実習に駆り出され、実質的に教室のテーマについての取り組みは落ち着いてできない、といった極めて窮屈なカリキュラムを強いられています。そんな中で、大学の教員側はこのシステムに対してどの程度その必要性を自覚し納得して今の6年制教育を行っているのでしょうか?おそらく十分理解し納得して指導している教員の人は少ないのではないかと思います。そんなことを考えると、4年制コースを残したことは創薬研究者にとっては正解だったと思います。実質的に4年制卒業後はほとんどの学生は2年間の修士課程に進学していますし、その2年間で十分に研究者教育を進めることが出来ます。むしろ研究者と割り切って進むのであれば本当にこの制度はいい制度なのかもしれません。

 

  実はこの「創薬教育」と「実務者教育」を分けようという意見は、6年制への移行時に真剣に検討された事項ではありました。詳しい経緯はわかりませんが、結局その考えは否定され、現在のように”オール薬剤師”教育が採択されて現在に至っています。私もこの判断は正しかったと思っています。けれどもこの考えは理想に近い考え方で、それを創薬分野も含めてすべての教育者が理解し納得した上で支えていく必要があります。私は現在の状況はその”理解と納得”ということが足りないのではないかと考えています。

 私は、上記しましたように、本当は4年制薬学部の存続には反対で、薬学部たるもの”オール薬剤師”を養成する大学でなければいけない!という強い考えを持っています。しかしながらそれは、それを指導する大学側がその考えに対して強い信念がなければ意味がないと思っています。”強い信念”の後には当然”理解と納得”がなければいけないのですが、その”納得”も”理解”も今の教育現場には薄いのではないか?(※決して「ない」とは思いませんが・・・)と思います。

 

 今の実務実習制度のように、イヤイヤ進めている”形骸的な”薬剤師養成システム”などは全く意味がない!むしろ、害の方が大きい!だったら、初めにも申し上げたように、やめてしまってもいい!と考えています。

 

(・・・少々このブログでたくさん書きすぎてしまたので、今回はこのくらいでやめておきます。あと「パート3」以下でもう少し具体的な私の今後の大学教育に対するカリキュラムや方針についての具体的な意見を述べていきたいと思います)

2015/03/24 HIP研究会会長、串田一樹先生の最終講義に参加いたしました

去る3月21日(土)に、串田一樹先生が41年間在籍しておられた昭和薬科大学を退官されることを惜しんで開かれました「最終講義・講演会」という名前の講演会に行ってきました。串田先生は、私が在宅医療を進める上で様々な面でお世話になってきた先生です。しかし中でも、なんといっても最も感謝していることは、私が無菌調剤に手掛けた当初からずっと望んでいた“なかま”を紹介してくれたことです。今後ともこの仲間をずっと大切にしていきたいと考えています。

2015/03/20 今年の薬剤師国家試験の結果を見て今後の薬科大学教育を憂う・・・

 今年の薬剤師国家試験の合格率は昨年度を下回る史上最低の合格率になる見通しだということです。そのことについて様々な方面で波紋を広げています。特に我々薬局経営者にとってはKOパンチに近い打撃を受けたに等しいダメージがあります。けれども今回、内々のダメージはともかくとして、私が危惧する「大学教育」について意見を述べます。

 「国家試験」というのは、薬剤師に限らず様々な資格に基づいて行われている我々業界側の人間にとっては、最も大切なものであることは間違いなく、従って当然その受験資格を与える大学側はその試験の合格率というのを意識するのは当然のことでしょう。けれども、あまり大学教育が「国家試験予備校」のような教育をされることには大いに憂慮する事態だと考えています。

 今、漸く大学側も臨床教育に本格的に力を入れ始めて、臨床現場からも高度な研究が成されつつあります。かつて薬学部は、“創薬”にのみシフトを置いていて、“臨床からは研究は生まれない”と堂々と言っていた教授もいたくらいですが、そんなことを考えるとずいぶんと進歩したと言えます。しかし一方でそんな臨床研究の多くは「病院」というある種恵まれた施設でしか行われていない現状があります。当方では、それを少しずつでも「薬局」という現場で研究に取り組める体制を作ろうとしています。しかしながら、今回の事態をみておそらく大学側は血相を変えて益々来年度以降の対策に乗り出している事でしょう。つまり、薬学部において、「臨床研究」が出来る環境が益々少なくなってしまう・・・。”薬局での臨床研究”ということに大いなる夢を追っている我々には、意気消沈してしまう事態です・・・。

 

 

2015/03/18 “薬学教育の2面性”に思う・・・

 もう20年も前の、私が学生の頃から薬学部6年制が論じられていました。そんな中で2つの派が6年制への移行に真っ向から反対していました。その1つは女子大のグループ。理由は結婚に伴って退職することが大勢であった当時の社会情勢を反映するもので、もともと短い女性の社会進出が2年も遅れてしまうことに対する現実的な反対派。もう1つの反対派は、全くそれとは根拠が異なるものですが、東大を筆頭とするエリートグループで、創薬研究者の道を目指すものが、学部4年卒業後に2年間の大学院での研究者教育が暗黙のうちにレールの中に組み込まれていたものを、わざわざ2年間も役に立ちそうもない薬剤師教育にはぎとられる煩わしさに対する反対派です。

 いずれもの切実な心境は察しられたものの、本来「薬剤師」という同じ土台の上に立っているはずの両者が、いずれもエゴイスティックな思惑のみから論議されている事に加えて同職種とは思えない方向性のギャップに、まだ学生の分際でありながら、将来の自らの職能に対して強い不安感と不快感を感じたことを覚えています。

 しかし紆余曲折はあったものの、6年制教育が開始されて10年近くが経ち、「医薬分業」の急速な進展、それに伴う大学教育自体が臨床重視に移行しつつある中で、構造的にはこの両者は1つの同じ方向性を向いているものであると信じていました。・・・ところがどっこい、社会はそんなすんなりとはよくなっていくものではないというのは世の常です。今の5年生の実習はどのようなカリキュラムで行われているか、というと次のような形です。学生は5年生になるとそれぞれ自らの得意な分野の教室への配属がなされます。そしてそれは例えば合成系の教室であれば個々にその教室のテーマが与えられ、テーマに沿った研究に取り組みはじめます。しかしその一方で5年生の1年間をⅢ期に分け、そのうちのⅡ期計22週間を実務実習に駆り出されます。従って教室の研究はその間ストップになります。せっかく少しづつ研究の内容を覚えてきたところで、ドカッと穴が開いてしまうことになるのです。教室の先生にしてみれば、こんな迷惑なことはないでしょう。それはたとえ臨床系の教室であっても同じように思っていると思います。先日私の大学院の母校の冊子が送られてきて4年制の学生の進路を見るとほぼ100%が「進学」となっていました。要するに、かつて「薬剤師」には興味がなく、創薬の分野を目指した人種はそのまま4年制教育に引き継がれている事が伺えました。そして純粋に「薬剤師」を目指した人種はこれまでどおり中途半端な「研究者教育」と「薬剤師教育」が受け継がれていく事になった、ということでしょうか?・・・要するに6年制教育の根幹の1つと考えられた、「薬学部2面生の解消」ということは、完全に失敗に終わっている!と判断せざるを得ないのではないでしょうか?

2015/03/16 第10回HIP研究会関西支部会に思う・・・

昨日、のHIP研究会関西支部会は結構骨のある会でした。特に事例報告の「あけぼの薬局」坂本岳志君(正直よく知っているだけにあまりほめたくはないのですが・・・)の発表はよかったです。一体どこで勉強したのか知りませんが、話の組み立てが上手い!適度に症例を入れながら、聴衆に一緒に考えてもらうように進めていく・・・。これだと決して上から目線の話にならない。私とはひとまわり以上も違う“ワカゾー”ですが見習うべきところは多々ありました。

 そんなことはおいておいて、この会で私が最も勉強になったのは、病院側との連携というか信頼関係が確立されているであろうことです。症例の中で、「薬局側からの提案」というものをわざわざ数値化してスライドにまとめたりしていました。

 話は変わりますが、ポンプのレンタルなどで当方で最も頭を悩ませているのが「オーダーをもらってからの突然の在宅中止例」です。これは急な状態の悪化や死亡などによるものなのですが、その数が半端ではない!実に戴くオーダー数の半分ほどに及んでいるます。その根にあるのが、病院側と、我々を含む地域医療提供者側との意思疎通がほとんど行われていないことによるのではないかと私は考えています。つまり、病院の医師は在宅に移行してからの“医療”というものがイメージできていませんから、自らの出来る限り、成す術がなくなるまで対応し、いよいよ両手を挙げる寸前に我々の手にゆだねられる・・・。結局我々の行い得る在宅医療なんて“看取りだけ!”という状況になってしまう・・・。そのような状況を少しでも改善するにはまずは”病診薬連携!”ということになってきますが、少なくとも「あけぼの薬局」ではその形はある程度整っているのではないか?という印象を持ちました。

2015/03/11 【社長のブログ】「薬局の地域医療への貢献」ってなんですの~?

去る、2月20日付の某業界紙の一面の見出し記事に「日常生活支援、施設運営、御用聞き、介護食品普及など高齢者ビジネスに相次いで参画する調剤薬局」というタイトルの記事が掲載されていました。そこには、スーツ姿の若者が山間の道路脇に軽自動車を止めて野菜などの食料品と思われる段ボール箱を運んでいる写真が掲載されています。おそらくこの方は薬剤師なのでしょう。記事の内容は見出しの通り、「超高齢社会にあって、薬局は調剤に固執するのではなく広く様々な角度からのビジネスをすべきだ!」というものです。同誌の同日付の社説には例の柏プロジェクトの中心人物、辻哲夫特任教授の言葉を引用して、薬局に対して地域包括ケアへの積極的参画を促す内容が示されています。この業界紙は、薬局の経営面からの視点で書かれている記事が多くその意味ではこの考えは十分に説得力があるものと思います。

 けれども、この考えは私は、薬剤師にとっては“ある種の危機感”を感じるところがあります。どういうことかというと前回の「抗生物質」や「電解質」の注射薬が院外処方箋での保険適用が可能になった・・・、というニュースに対して、ほとんどの薬剤師がもろ手を挙げて歓迎してしまっていることに1つの警鐘を鳴らしました。この件については、どこまで薬剤師が責任を持つのでしょう?結局は看護師さん任せ、医師任せで終わってしまうことになる・・・、そのことに疑問、問題意識を持てない事には、ただ単なる薬剤師の“既得権争い”に終わってしまうのではないか?ということです・・・。

 これとよく似た問題です。正直言って、今薬剤師は“在宅で”、あるいは”地域医療包括ケアシステムの中で”、何をすべきか?何が薬剤師に求められているのか?きちんと把握できていますでしょうか?・・・私はなかなかそれが十分に把握できていないのではないかと思うのです。(もちろんその悪の根源は「日本薬剤師会」です。・・・この点については改めてお話をしたいと思いますが・・・)そんな状況の中でいろんなことをやりだすと、一体薬剤師の役割って何なの?ということになってしまう・・・、利用者さんがそんな疑問を持ってしまうことも問題ですが、もっと大きな問題は、薬剤師自身が、例えば“御用聞き”が自らの業務と思ってしまう危険性もある、・・・と、私は残念ながら今の環境では疑念を抱いています。

2015/03/10 日本薬学会第135年会が神戸で開催されます!

薬経連(保険薬局経営者連合会)を通じて知り合った共和薬品工業(株)の阪本大介さんと一緒に、ここ2年程前から取り組んできました組合健康保険協会と薬局とのコラボ事業がようやく学会発表にまでこぎつけました。発表者は「みどり薬局」の坂口真弓先生です。その他に一緒に取り組んだ先生は、薬経連の会長の山村真一先生、と副会長の田代健先生・・・という蒼々たるメンバー!大変残念なのが当日は、以前から岸和田の春木老人会での講演会の講師を頼まれていたために、私は学会には出席できないのです・・・。

 発表の内容についてはまた改めて詳しく取り上げたいと思いますが、この事業はそもそも私の薬局で十数年前から行ってきました「糖尿病教室」、「健康教室」が基本となって発足しました事業ですので、私としては大いに思い入れがあります。ちなみにこの事業の名前は、HORP(保険薬局連携プログラム)事業という名前がついているそうです。

2015/03/09 2月28日(土)に岸和田市医療介護連携推進協議会が設立されました!

このような組織は、実は2025年問題を抱えて様々な地域で起こりつつあります。特に岸和田が他に先駆けて起こっている動きではないのですが、岸和田の地域特性を生かして、今後他の地域からうらやましくみられるような、より住みよい街、より魅力的な街になっていく土壌が出来つつあるような予感がします。

2015/03/06 また現れた、“門内薬局論議”について思う・・・

そもそも、「医薬分業元年」といわれた昭和49年頃の薬局は、まだまだ物品販売が主で、いい意味でも悪い意味でも医療機関との結びつきは薄いものでしたから、“門内薬局”という発想すら起こらなかった状況です。それはそれで問題もたくさんあったのですが、その分業元年からなかなか進展しなかった20~30年の間は、「医薬分業」イコール「薬局薬剤師の目指す業務」というように、「医薬分業」というシステムには大きな夢を描いていました。この“門内薬局”という発想は、結局は「医薬分業」ニアリーイコール「マンツーマン分業」という認識から生まれてきた発想であろうと私は思います。要するに「医薬分業」が夢から現実のものとなるに従ってより合理的、打算的なものに変わりつつある中で生まれてきた発想だと思います。

 それとは、全くスタンスも薬剤師会の反応も違うことなのですが、私にはどうしてもリンクして考えてしまう問題があります。それは、輸液剤の「抗生物質」や「電解質」が院外処方箋で通るようになったというニュースです。これは、ほとんどの薬剤師、特に輸液調剤を行っている多くの薬局薬剤師には、歓迎して受け取られています。

けれども私にはこれがどうしても理解できない。というのは、医師が処方箋を発行して以降、薬の服薬指導、管理の指導を行うのは薬剤師のテリトリーだという認識がありました。従って、インスリン注射にしても在宅中心静脈栄養療法(HPN)にしても本来は薬剤師が指導するものである・・・、という認識です。ただ例えばHPN管理などはなかなか実際には十分な自己管理が出来ていない事から、仕方なしに訪問看護師がフォローしているという位置づけです。ところが今回「抗生物質」や「電解質」等のような薬が院外処方箋発行が可能となるのであれば、そんな認識が根底から崩れます。処方箋発行後も必ず医師や看護師の手を介さないと薬が使用できない・・・。つまり、院外処方箋によって調剤した薬を医師や看護師に戻して最後の指導は彼らに任せる・・・、ということです。この事は、はじめにも示しましたように、”1つの進歩”という受け止め方が大勢を占めています。それは、これまで院外処方箋が認められなかったのが認められるようになったのですから薬局薬剤師にとっては”いいこと”・・・なのかもしれません。現に当方の業務も、そのことによってずいぶんとやりやすくなってきた面があるのも事実です。しかしこれって、薬剤師として素直に喜ぶべきことなのでしょうか???皆さんはどう思われますか?

2015/03/04 3月1日(日) J-HOP(一般社団法人全国薬剤師・在宅療養支援連絡会)

去る3月1日にJ-HOP(全国薬剤師・在宅療養支援連絡会)の総会がありました。今回の中心議題は、「在宅医療」に取り組んでいる様々な組織、研究会の連携を深めるために開催されます、“在宅フェスティバル”についての話し合いです。詳細な検討を加えるために、わざわざ“プレフェスティバル”を開催しました。ただ単純に、あの簡易懸濁法の倉田なおみ先生による「簡易懸濁法」の講習は、今更ながらではありますが、結構楽しい講義でした・・・。

 正直言って私自身の印象は、なんとなしに焦点がぼやけているような感覚が拭えません・・・。というのは、そんなお祭りムードに浸っている一方で、在宅療養支援診療所などからの要請を受けて昨年発足しました、地域ブロック活動に対するディスカッションは殆ど行われず、従って他ブロックでどのような活動が生まれつつあるのか?あるいはどのような問題に直面しているのか?等の情報が全くわからないまま過ぎてしまいました・・・。

2015/03/04 「第20回 府中病院薬薬連携研修会プログラム」で話してきました。 

この勉強会は、和泉市の府中病院の薬剤部と和泉市の薬剤師会の方々の連携で開かれている会です。どういうわけか、厚かましくも部外者の私が講師をさせていただくのも2回目くらいになるのですが、参加は5~6回目になります。客観的にみてとりわけ特別な交流が行われているわけではないようなのですが、自然な薬薬連携の関係が構築されているようで、いつもうらやましく見ています。このような会は残念ながら岸和田にはありません。

 今回のプログラムは以下のとおりです。

☆日時:平成27年2月28日(土) 15:30~17:00

司会:府中病院 根来 早紀子

【講演】  15:30~16:00

『入院患者阿への糖尿病指導 ~糖尿病教室(薬剤指導)~』           府中病院薬剤部 塚元 見江 先生

『薬局での“自己採血検査” 賛成ですか?反対ですか?』             山本保健薬局 山本 新一郎 先生

【特別講演】 16:00~17:00

『最新の糖尿病治療について』                    府中病院 糖尿病センター 山田 正一 先生

【連絡事項】 17:15~17:30    

『疑義照会をもっと楽にしませんか?』                     府中病院薬剤部 小泉 祐一 先生

  

2015/02/27 「第7回がんプロシンポジウム」に参加してきました

第7回がんプロシンポジウム「がん患者を支える病診薬連携の在り方を探る」

★プログラム                   司会・進行: 天野 富美夫(大阪薬科大学がんプロ担当者) 

★日時:2月15日(日曜日)13時~17時35分

★場所:大阪薬科大学D棟D-302教室

★開会のあいさつ:政田 幹夫(大阪薬科大学学長) 

                                                                     座長:井尻 好雄(大阪薬科大学循環病態治療学研究室 准教授)

★基調講演: 「今、薬剤師に求められている病診薬連携のシームレスな実施について」

                       橋田 亨(神戸市立医療センター中央市民病院 院長補佐・薬剤部長)

★「地域拠点病院におけるがん薬物療法のトータルマネージメント」

                       室井 延之(赤穂市民病院 薬剤部長)

                  

                       座長:戸塚 裕一(大阪薬科大学製剤設計学研究室 教授)

★「がん患者の在宅医療をめぐる病診薬連携の実際」

                       山本 新一郎(山本保健薬局 社長)

★「病診薬連携を円滑に推進するために必要な行政の関与および大阪府立病院機構の取り組みについて」

                       室井 政子(大阪府立急性期・総合医療センター薬局長)

★「保険薬局における薬物の副作用管理について(そのⅡ)

                       井尻 好雄(大阪薬科大学循環病態学研究室 准教授)

 

★閉会の挨拶:高岡 昌徳(大阪薬科大学生体機能解析学研究室 教授)

 

今回の基調講演をされた、橋田先生は、もう20年も前になりますが、数名で開催していた薬剤師の勉強会組織「ドラッグ・フォーラム・オオサカ」によく講師で来ていただいていた仲間でした。あのころはまだまだ臨床関係の学会・勉強会は少なく、意識の高い薬剤師には結構人気のあった会でした。当時の仲間のうち3人も大学教授になっています。

2015/02/26 「福太郎問題」について思う・・・

私が思いますのに「いいか?」「悪いか?」といえば、間違いなく「悪いこと」でしょう。というのは、今後「薬歴」への記載について、明らかに厳しくチェックされるようになることが予想されるからです。「薬歴管理は薬剤師の重要な業務であるから当然のこと、むしろきちんと薬歴管理を行っている“マットウな薬局”にすれば、そのようないい加減な薬局が淘汰されることは喜ばしいこと、と捉えるべきではないですか?」というように主張する人もおられるかもしれません。確かにそういう一面もないことはないでしょう。けれども、地方厚生局などの“空虚なマニュアル”の作成に奔走している組織のチェックが厳しくなることは医療の本質が益々見失われかねないと私は思います。

 基本的に薬歴は患者情報を薬局内スタッフに伝えるためのものです。ですから、大切なことは正しい情報を合理的に記載する必要があります。薬剤師であれば投薬をする際のわずかな時間に前回までの患者情報をいかにポイントを押さえて把握するか?ということです。従って最も重要なことは、“合理性”です。つまり、薬歴管理において“簡素化”が大きな薬剤師のスキルになっていると言えます。ところがこのようにチェックが厳しくなってしまうと、“マットウな薬局”の中にはその認識がぼやけて、これまで2秒で済ますことが出来ていた薬歴の記載が、10秒、30秒とかかってしまうことになり、その分業務に支障が生じてしまいかねないと懸念致します。

 以前、近畿厚生局の個別指導を受けてきました。その際に指導官が当方の「特変なし」という記載がずっと続いている薬歴を見て問題視し、「『副作用なし』とか『服薬遵守』とか書くことはいっぱいあるんではないですか?」とかいう大変細かい、“おせっかいな”指導をしてきました。(彼は、どれほどの経験と事例に基づいてその重要性を言っているのか知りませんが・・・)このように指導官のいうことを真にうけて業務をしていると、“マットウな薬剤師”はどうしても合理性よりも指導官の方向を向いて業務をするようになってしまいます。これが今回の事件で厳しくなってしまうと益々”簡素化”の重要性が軽んじられるようになってしまう事を懸念します。

2014/05/27 「日本在宅医療学会学術集会」に参加してきました!

去る5月24日(土)、25日(日)と倉敷で開催されました「第25回日本在宅医療学会学術集会」に参加してきました。新大阪から新幹線に乗って1時間弱、13時前に倉敷に到着しました。5月のすがすがしい気候にも誘われて、ゆっくりと遠回りをしながら会場に向かいました。会場に到着すると、いずれのセクションでも相変わらず熱い議論が戦わされていました。

 今回は、当方の優秀な薬剤師YEさんが初めて学会発表を行う記念すべき学会です。YEさんは、長年の病院での勤務、および様々な調剤薬局での経験を活かして、当方では実務面および学生の指導においても核となって活躍してくれている貴重な存在です。ただ、彼女は学会発表というものは大の苦手らしく、これまで一度も学会発表を行ったことはありませんでした。そんな彼女を一生懸命説得し、ようやく今回の発表を迎えることになったのです! 社長としては、何よりもその気持ちがうれしいです!

 ちなみに彼女の発表のテーマは「保険薬局における院内製剤取り扱いの現状について」です。

 

2014/03/17 「第5会南大阪・紀北NST研究会」に参加して・・・

去る3月15日(土)に「第5回南大阪・紀北NST研究会」が近大会館にて開催され、当方からは私と当薬局の薬剤師木村寛子が参加いたしました。この会は、以前に近大病院の外科でおられた代表世話人の土師誠二先生が中心となって立ち上げられたこともあって、発表者・参加者とも近大病院のスタッフが多く、またほぼ全員が病院関係者です。ということは、客観的に見て、小さな岸和田の薬局薬剤師である我々はずいぶんと“場違い”な存在ではないかということをしみじみと思いながら参加しています。けれども、実は私自身、昔からこんな“場違いな状況を楽しんでいる”ところもあるのは確かなのです・・・。その証拠に、この研究会は今回で5回目なのですが、そのうち私も含めて当薬局のスタッフが一般演題、パネルディスカッションに発表をするのは4回目です。
 まあ、そんあこんなで、今後ともこの会を楽しみたいと思っています。

     ***** 「第5回 南大阪・紀北NST研究会」 プログラム *****

1.はじめに
 ★開会挨拶         土師 誠二(南大阪・紀北NST研究会 代表世話人)

2.一般演題
            座長 大場 一輝(ベルランド総合病院 外科)
               峯  宏昌(近畿大学いがくぶn附属病院 消化器内科) 
 ★「リハビリテーション栄養チーム~稼働までの経緯とその効果~」
               二井 麻里亜(さくら会病院 栄養管理科)
 ★「消化器がん患者における術前サルコぺニアの部位別発生頻度と摂取量の関係」
               森住  蘭(国立病院機構大阪医療センター 栄養管理科)
 ★「近畿大学3病院のNSTフォーラムにおける学生教育の効果」
               木下 裕賀子(近畿大学医学部附属病院 薬剤部)
 ★「当薬局において、乳児の訪問薬剤管理指導を応需した1例」
               木村 寛子(山本保健薬局)
 ★「人工的水分・栄養補給法(AHN)の認識と受容 -医療職員・学生と一般市民ー」
               矢守 麻奈(県立広島大学 保健福祉学部)

3.特別講演            
           座長  林  清二(国立病院機構近畿中央胸部疾患センター 院長)
 ★「病態別経腸栄養剤の基礎的知識」
               瀧藤 克也(和歌山県立医科大学 外科)

4.パネル討論Ⅰ テーマ:「経腸栄養剤 ガチバトル 最強の栄養剤決定戦」
      コーディネーター 濱  卓至(大阪府立成人病センター 心療・緩和科) 
               梶原 克美(近畿大学医学部附属病院 栄養部)
      パネリスト 
          ー下痢ー 吉田真佐子(大阪労災病院 栄養管理部)
               中辻 春香(近畿中央胸部疾患センター 栄養部)
               井口 真宏(近畿大学医学部奈良病院 栄養部)
          -褥瘡ー 房  晴美(堺温心会病院 栄養管理部)
               黒川 典子(医療法人寿会富永病院 栄養科)
               辻  真理(精華町国民健康保険病院 栄養科)

5.パネル討論Ⅱ テーマ:「その栄養剤 ホントにいいの?」
      コーディネーター 武元 浩新(近畿中央病院 外科)
               中山  環(国立病院機構大阪医療センター 栄養管理部)
      パネリスト    
      「MEIN」     宮田 絋世(近畿大学医学部付属病院 栄養部)
      「プロシュア」  餅  康樹(国立病院機構大阪医療センター 栄養管理室)
      「カームソリッド」田井中幸子(国立病院機構大阪南医療センター 栄養管理室)
      「GFO」     金石智津子(南大阪病院 栄養科)

6.おわりに

      土師 誠二(南大阪・紀北NST研究会 代表世話人)

2014/02/01 引き続き“胃瘻バッシング”記事について思う・・・ 【医療ルネサンス】【マスメディアの責任】

前回取り上げた「医療ルネサンス」の記事をはじめとして、一連のマスメディアの“胃瘻バッシング”については、マスメディア各紙の姿勢には反省を促したい気持ちは変わりません。しかしながら、このような“胃瘻バッシング”なるものが生まれてくる土壌を考えた場合には、それなりの理由があるように思います。

 その1つは、「医療の到達ポイントと介護の合理性」という問題です。まず、「医療の到達ポイント」とは、患者および患者家族にとってどこまで医療に期待するのか?ということです。例えば、癌末期という診断が下っている患者さんにとって、「どこまでの期待を医療に寄せるのか?」という問いかけに対して、冷静な判断をするのであれば、「最期まで近親者と会話が出来る状況でいたい」とか、「痛みに苦しまない最期を迎えたい」といった目標が立てられます。それは多くの場合完治は望みません。それが「医療の到達ポイント」です。

 また「介護の合理性」というのは、その言葉通り介護を施す側の立場からの有効な方法の模索です。これらを考える上で大切なキーワードは“本人の満足度”というものです。この“本人の満足度”というメンタルな要素をどの程度尊重しつつ「医療の到達ポイント」と「介護の合理性」のバランスを追求していくか?というのが医療者サイドの個々の手腕になってきます。

 マスメディアはケアを実施するにあたって、この“本人の満足度”というメンタルな部分に大きく力点が置かれた視線を注いでいることから、“胃瘻”など介護者にとっては大変合理性に優れたものでも、残念ながら本人から“食事”、“味わい”という楽しみを奪ってしまう(※すべて奪うわけではないのですが・・・)ツールは、受けれられないもの、として捉えてしまうのだろうと思われます。

 我々医療者サイドは、メンタルな部分は大切な要因ではあるもののそればかりで判断すべきではない、という認識は必要だと思います。

2014/01/22 マスメディアの責任は?・・・一連の“胃瘻”記事について 【胃瘻】、【医療ルネサンス】

去る、平成26年1月14日から1月20日まで5回シリーズで讀賣新聞の「医療ルネサンス」に「胃ろう再考」というタイトルで連載記事が組まれていました。この「医療ルネサンス」で「胃瘻」を取り上げた連載記事を組むのは私が把握しているだけで3回目になるかと思います。過去にアメリカの状況を取り上げた記事では、「米国は延命につながらないというのが浸透しているのであまり普及していない」とか、「胃瘻をあえてつけないで最期を迎えたのはよかった」とかいう胃瘻に対してはネガティブな論調が殆どでした。細かく注意して読むと、確かに決定的に胃瘻を否定する記事にはなっていません。しかし一般の人がこの記事を見た時にはおそらく胃瘻に対してはネガティブなイメージを持ってしまうだろうなぁ・・・。という印象は否めません。私は、胃瘻や在宅に関わる1人の医療スタッフとして、このようなマスメディアの論調に若干の危機感もってきました。ですから在宅関係の講演会などで話をする機会が与えられた時には、折に触れてこの記事を取り上げ、「このような記事に惑わされずにメリットデメリットを正しく理解した上で胃瘻を捉えてほしい!」というような話をしてきました。これらの記事が影響しているのかどうかはわかりませんが、近頃実際に胃瘻の造設者は減少し、なかには胃瘻を拒否して変わって胃管チューブを希望するケースも珍しいことではないそうです。このような現象は明らかに胃瘻に対する誤解、認識不足から生まれてくるものです。
 今回取り上げた「胃ろう再考」の記事では、ようやく「胃瘻のプラス面も知っておきましょう」というような論調に変わりました。そのことについては、少し安堵感を覚えたのですが、記事を読み進めていく中で、「ここ数年、終末期医療の論議の中で、胃ろうがしばしば取り上げられ、否定的なイメージがまとわりつくようになった。・・・」と書かれていました。これは、いかにも他人事のような表現です。あたかも“マイナスイメージがついてしまったのは社会が勝手にそのような間違った認識になってしまっている・・・”、というように受け取れます。果たしてそうでしょうか?まだ十分に“胃瘻”というものの是非が取りざたされていなかった頃に、率先してあのようなネガティブな記事をどんどん掲載して来たマスメディアにはその責任はないのでしょうか?どのような記事であれ、私は一般の人に対してはメディアの影響はずいぶんと大きいと思っています。従ってそれなりに調査をした上で慎重な論評をしてほしいと思います。
 ただ誤解していただきたくないのは、私は決して“胃瘻全面支持者”でもありませんし、本人や家族が十分に胃瘻の本質を理解し、納得の上で拒否するのであればそのことについては、何の問題もないと思っています。ただマスメディアを含めて、“胃瘻”そのものを否定的にとらえる事について疑問を感じているのです。

2013/05/21 やはりまだまだ!・・・「在宅における薬剤師の存在感」 【在宅医療学会】

 

去る5月18日、19日に大阪新阪急ホテルで「在宅医療学会」が開催されました。

昨年は、当方の管理栄養士に「在宅での栄養管理」とかいうテーマで発表してもらいましたが今年はそんな余裕がありませんでした・・・。

今考えれば、せっかく大阪での開催であったのに残念なことをしました。そんなことは別として、せっかくなので参加だけさせていただきましたが、当方の中心業務だけあって

興味のあるテーマが目白押しでどのブースに行こうか迷いました。私が参加した会場について言えば、今年の傾向として、PCAポンプについての可否を論じる発表が多かったような印象です。中でも今回「クーデック」、

という会社の「シリンジェクター」というコンパクトなPCA機能付きのポンプを初めて知ったことは、1つの大きな収穫です。

 

発表としては、たまたまヘルパーさんなどがたくさん参加している多職種連携の発表を見ましたが会場では、相変わらず連携強化やその問題点などが論じられていました。その中で強く感じたのは、なかなか“薬剤師”の名前が出てきません。

ましてや“薬局薬剤師”ともなると数名の発表者のなかで、たった1名のスライドの一部に「・・・・町の調剤薬局やポンプなどのレンタル業者などとの連携も・・・・」という表現で登場するのみでした。このように大変存在感が薄いのが現状なのでしょう!

ケアマネさんはもちろん「居宅療養管理指導料」、「訪問薬剤管理指導料」がどれほどの点数がついているかは知っているはずだとは思うのですが、

その中身が単に「配達手数料」というような認識で納得できるのでしょうか・・・?

2013/05/01 プライマリケア認定薬剤師の見学実習に行ってきました!【プライマリケア連合学会】【プライマリケア認定薬剤師】【プライマリケア認定医】【大島民旗】【西淀病院】

 

プライマリケア認定薬剤師を取得しようと3年ほど前から、セコセコと研修会に参加してきましたが、いよいよ最後の関門であるプライマリケア認定医の指導の下での“見学実習”とやらに参加いたしました。

 

見学させてもらえる医師を認定薬剤師の理事である矢澤一博先生に伺ったところ、紹介していただいたのが「大島民旗」先生という方でした。私自身このシステム自体を十分に把握できていないところもあるのですが、言われるままに本日(4月30日)、先生の所属する「西淀病院」にお邪魔してきました。

 

“見学実習”というものの目的とかもまだ十分に把握できていないことも手伝って、妙な緊張感からか昨夜はなかなか熟睡できませんでした。まず、参加したのは医局での朝の患者カンファレンスから始まって、大島先生の在宅診療への同行、そして午後には「中山明子」先生という方の

小児科の予防接種外来の見学でした。

 

先ほど述べましたような“見学実習”の目的とかいう難しい問題は別として、率直な感想はこれまでなかなか見ることができなかった医師の目線からの医療を見ることができたことは貴重な経験でした。

 

今回このブログで取り上げたいことはこの「中山明子先生」についてです。正直私は「小児科」にも「予防接種」にもあまり興味がありませんでしたが、この中山先生のキャラクターにはずいぶんと医師としてあるいは臨床家としての魅力を感じました。おそらくは私よりは1回り以上、下手をすれば2回りほども

下であろう方ですが、私にはない患者さんを引き付ける魅力があるように感じました。その理由は、どの程度の患者さんを受け持っているのかわかりませんが、それぞれの患者さんの背景を熟知していること。たとえばお母さんの性格や子供に対する接し方などです。そして2つ目は患者さんからの質問に対する答え方です。

端的にしかもきちんとした資料をつけて、エビデンスに基づいた説明をわかりやすく行っています。資料は、一般向けに書かれた「病気の本」をコピーしたものが多く、決して特別な資料を用意しているわけではないのですが、それぞれの質問に対してすぐに必要な資料が出てくるのには小気味よささえ感じました。

 

ひょっとして医者の世界ではこのような対応は、ごくごく普通のことなのかもしれない・・・という気もしてきて・・・、とすればやはり“医師”というのはすごい人の集まりなのかもしれないですねぇ~。

 

今日はいろんな意味でいい勉強をしました。

2013/04/26 GE変更に伴うちょっとした薬局内での出来事に、再び薬局業務を考える・・・【ジェネリック変更】【保険調剤】

 

先日、次のようなことがあって、薬局内であれこれルール作り(?)に振り回されました。

 

 多くの薬局でも実施されていることかと思いますが、当方でも初回インタビューの際に「ジェネリックをご希望されますか?」という質問項目があって、

それに対して「希望する・相談して決めたい・希望しない」という回答項目が用意されています。今回「希望しない」のところに印をつけていたある患者さんが、

近くの医院さんの処方箋を持ってこられ、ジェネリックの薬が処方されておりました。当方では処方箋通りに調剤してお出ししたところ、

大変な剣幕で抗議に来られ、「私はジェネリックは嫌いだから“希望しない”ということを申し出ているはずだ!」ということです。

少々説明不足があった点は当方の反省点かもしれませんが、基本的には当方には落ち度はありません。

ただ、ちょっと複雑なところはこの処方箋の処方元のドクターは(わりと気まぐれに)先発で処方したり、後発で処方したりするクセがあります。

今回の患者さんはずっと以前に同薬は先発で処方されていることがあったようです。ですから、“どうしてきちんと意向を伝えているにもかかわらず、

今回後発品になっているのだ!”という患者さんの主張です。

 

 ・・・患者さんの主張は理解できないこともありません。それで、このような場合どのように対応すればいいか?ということで、事務方、薬剤師方、

双方そのルール作りに躍起になっていました。 けれども、どうでしょう!? 本音をいえば、 “コンナコトドウデモエエヤナイカ!”と言いたい!

そもそも“先発信仰”のその患者さん!私が対応していたら、20分、30分延々と「先発品と後発品」の違いを説明していたかもしれません・・・。

 

・・・ところでここで言いたいことは、ジェネリック云々ではありません!今訴えたいのは、どうしてこのような面倒くさい手続きをしないといけないのか?という

ことです。薬歴の記載事項でもそうですが、こと「在宅」にまつわることなどは、非常に面倒くさい!「訪問指導計画書」、「訪問指導報告書」など同じような

記載事項を毎回様々な施設に送って、記録して・・・!その中で、もちろん本当に伝えたい情報は必ずあります。

しかしそれがいったいどれほどの比率になってくるかといえば、圧倒的に“無駄だ!”と思える情報の方が多い!そもそも保険診療システム自体いろんな点でややこしすぎる!いろんな点でもっと簡素化できないでしょうか!

 

こんな下らんことに、医療従事者が時間を割かれてしまうことが社会資本の大きな損害だと思うのですが・・・。 ・・・・・・ちょっと身勝手な主張でしょうか!?

2013/04/20 “庄内プロジェクト”に思う・・・【庄内プロジェクト】【秋山美紀】

 

4月13日(金)から4月19日まで読売新聞の「医療ルネサンス」に連載されていた記事で“庄内プロジェクト”なるものが紹介されていました。

要は、地域医療連携によって在宅緩和ケアを支えましょう。というのが本来の目的のようです。このような動きは、この庄内地域ばかりではなく様々な地域で

それぞれ活動しています。もちろん我々の地域でも動いています。当岸和田地域ではこの4月末からも、行政が主体となって新たな形で動き出すようです。

この“庄内プロジェクト”は国からの補助金を受けてモデル事業の一環として開催されていることからいろいろな人も関わっているようです。そんな中で

ちょっと目をひいたのは、たまたま以前に私がその活動に興味を持ってアプローチしたら、なんとワザワザ慶応大学から駆けつけてくれた「秋山美紀」という先生が、

このプロジェクトに深くかかわっておられることが掲載されていました。この先生の活動も面白いのですが、ちょっと横道にそれてしまうので、

今回はこの“庄内プロジェクト”に絞ってブログを書かせていただきます。

 

“庄内プロジェクト”のHPを調べてみますと、平成21年くらいから活動が始まっていて、昨年度(平成24年度)は、医療スタッフや介護スタッフの会や一般市民を

対象にした会、など大体週に1~2度の活動が報告されています。大変活発な活動になっています。活動頻度や参加人数だけで組織を評価すべきではないかもしれない

のですが、この組織は地域住民に深く浸透していることは間違いないでしょう。秋山先生も強く訴えておられるように、このような活動はたとえばこの庄内地域での

活動をモデルとしてマニュアル化することはできません。新たに活動を始める地域があれば、いろんなところで参考にする点があるでしょうが、

決して単純にまねることはできません。その地域にはその地域の特徴を生かした活動にしなければ決して成功しません。

 

ですから、このような活動は決まって根っからの“地元の人”が大きな役割を果たします!

 

そんな意味では、“薬局”は大きな戦力母体となりえます!

2013/04/17 若手チェーン薬局経営者の経営哲学を見て、あらためて「薬局経営」を考える・・・【面分業】【かかりつけ薬局】【在宅医療】

 

以前に、このブログで【ドロップアウト薬剤師】なる世代の薬剤師の方が存在することを述べました。

つまり、今の年齢でいうと50歳代後半から80歳代くらいまでの年齢層になりますか・・・、要するに【医薬分業】を主張すれどもなかなか進まず、

臥薪嘗胆の思いで日々過ごしていた方々のことです。中には“薬剤師というプライド”を放棄して商売人に徹する方向に身を転じた人もいますが、

苦しい薬局経営の中でも頑として医療人たる薬剤師のプライドを持ち続けていた人は多かったと思います。

 

しかし医薬分業率が60%を超えた現在のシステムを支えているのは、彼らとは違ったマンツーマン分業によって成功している世代です。

年齢層でいうと、40歳代前半から50歳代前半くらいまででしょうか?その後者の世代は、前者の薬剤師をどのようにみているのでしょうか?

彼らからすれば、前者の人たちは医薬分業の理念は立派なものをもっているものの、実際にいわゆる調剤薬局の経営はできません。

かといって実務ができるかというと、これまた全く素人同然です。その一方でプライドばかりが高く、ウンチクばかり聞かされる・・・正直尊敬もしていないし、

役にも立たない・・・、あまりかかわりたくはない存在かもしれないです。

 

 “現在の薬局経営”の基本的な骨格は以下の通りです。

 

まず大前提が“マンツーマン分業”です。この動きがないと何も進みません!つまり開業またはすでに開業している医療機関においては院外処方箋発行の

意志がある医療機関の動き、あるいは背景など詳細に把握することから薬局経営の活動が始まります。そしてその後は彼らが独自で見出した経営哲学に基づいて

運営していく・・・。1つ2つの店舗を立ち上げれば、あとはそれほど難しくはないです。

というのも医療機関の動きさえ把握できればあとは業績予想も事業計画もすぐに見えてきます・・・。

 

しかし薬局経営なんてこんなものでしょうか!なんかおかしくないですか!

 

というのも、全く患者さん、あるいは一般社会の方に目が向いていません! これでは、いくら薬局が「地域医療に貢献しよう!」としても

見向きもされないのは当たり前です!

 

もっと、いかに患者さんに!地域社会に!受け入れられる制度にしていくか!を考えないと本当の意味で社会に受け入れられる施設には

なりえないのではないでしょうか!いかえれば、そのような努力が報われるシステムにならないと薬局の将来はないのではないでしょうか?

2013/04/13 「外来がん治療認定薬剤師制度」の構想に思う【日本臨床腫瘍薬学会(JASPO)】

 

3月29日の薬事日報の記事によれば、日本臨床腫瘍薬学会(JASPO)が独自に「外来がん治療認定薬剤師」を創設する構想があることが示されています。

これまでにも「癌専門薬剤師」などが既に存在していますが、これまでこのような制度は決まって病院薬剤師が対象でしたが、今回の制度の特徴は、開局薬剤師にも

積極的に呼び掛けているところです。外来化学療法の急速な普及を意識したものであることから必然的にこうなるのでしょうが、なんでも中長期ビジョンとして

10年後に排出しようとしている薬剤師は、病院薬剤師が1000名であるのに対して、開局薬剤師を3000名としているところです。

果たして開局薬剤師にそのような意識がどこまで啓蒙されるか・・・?

かなりネガティブな発想ですが少々心配です。・・・・・・・いやいや!がんばりますよ!!

2013/04/09 身近な知人の“死”に遭遇して・・・

本日(4月9日)、近所の和菓子屋さんのご主人が亡くなりました。数年前から岸和田の市民病院にかかっており、当方にずっと処方箋を持ってきてくれて

いましたから、逐一病状は把握していました。奥さんの話ですと、医師からは「昨年暮れまでもてば・・・」というようなことを言われていたようですから、

家族の方にすれば覚悟はできていたと思います。当方も、今年になってもう10名ではきかないほどのほどの患者さんがなくなっていますから珍しくはないこと

なのですが、私の幼い時から知っている方ですので何か特別な思いがこみあげてきます。たまたま本日、以前からうかがっていた本人が使う口内炎のスプレーを

入手したのでお届けに言った時に、店番にいた親せきの方に伺いました。ちょうど私がうかがう数時間前に亡くなったそうです。

 

 実はこの方、私よりも2つ年上で、姉と小学校の同級生です。当時から“番長”的な存在で、常に目立っていました。“番長”といってもいじめられた記憶はなく、

弱きを助けてくれる“イイ人”というイメージでした。一緒に遊んだ記憶はないのですが、1つこの人にまつわるエピソードが思い起こされます。

(結果的には全くこの人は関係しなかったのですが・・・。)

 

 中学生の時です。同級生数人と大阪市内にある塾の夏の講習会に行っていたときに、岸和田の田舎では見かけないようなリーゼントヘアの、

見るからに不良グループ数名にカツアゲをされました。その時、大変悔しい思いと怖い思いをした恐怖感で憔悴しながらトボトボ帰っていた時に、

その中の1人が「そういえばツトサン(今回の故人)、この学校やで!」といって、みんなで講習会の会場となっていた高校の校舎の中を探し回ったことがありました。

その時は残念ながらツトサンは見つけられませんでした。もしも見つかったとしても、リーゼントヘアの“不良さん”もいなくなっていたし、一言二言慰めの

言葉をもらうことぐらいしかできなかったのでしょうが・・・。しかし考えてみれば、みんなの気持ちは、そんな不安な気持ちになっているときに、

ツトサンからの一言二言の慰めの言葉こそ欲しかったのでしょう。

 

 40年たった今でもツトサンは我々の“頼れる親分”でありました!

2013/04/03 “延命治療”を考える・・・【クローズアップ現代】【太田秀樹】【胃瘻】

 本日(4月3日)の「NHKクローズアップ現代」で、また「在宅医療」が取り上げられていましたので見ていたら、”延命治療”についてでした。

 

ここ10年で「積極的な延命治療を望まない人」が2倍に増加したそうです。この番組では、本人の意思を尊重するための様々な対策が講じられている
様子が紹介されていました。しかし、結局はそれを実行するのは本人ではありません。主に“家族”、・・・となってくるとそれほど簡単には解決できません。

たとえば、延命治療を望まない大きな理由の1つが「家族に迷惑をかけたくない」というものです。・・・となれば、「家族」はどう考えるでしょうか? 
「おばあちゃんのためなら、こんなことくらいはなんともないですよ!」と真剣に考え、献身的な介護を行っている人は少なからずいます。
そんな人に「本人が延命治療を望んでいませんからこれ以上の治療は致しません」というのは、その家族にとって耐えられないことでしょう。

・・・こんな問題は答えはないのでしょう。ケースバイケースという言葉で納めてしまうのはあまりにも軽いのかもしれませんが、
まさにその人その人で対応を考えていくのがいいのではないでしょうか?

考えてみれば、そんなファジーなところが人間社会の“いいところ”ではないかと思うのです・・・。

 


2013/04/02 “棚卸”

 

先週の土曜日(3月30日)、当社で棚卸を致しました。

 

私は二代目ですから、小さい時から両親が経営している山本薬局(3年前に閉局しました)をみて育ってきましたが、この棚卸は、40数年前の小学生当時の、

ある種独特の雰囲気を持ったほのぼのとした思い出がよみがえってきます。

 

 40年前の小学生の私には、家族全員が手伝わされ、また日ごろ来ている卸の人や場合によっては知り合いや親せきまで駆り立てて行う、

一大イベントであったように記憶しています。やり方は商品を見て読む人と記録する人の2人がペアになって行う様子は基本的に今も当時も変わらず、

なんということでもないのですが、小学生の私には日頃何も相手をしてくれない大勢の大人の人が、この日ばかりはいろいろな話をしてくれる実に楽しいひと時でした。

今は、事前の準備がきちんとできているせいか、従業員だけでしかも半日もあれば終わってしまうのですが、当時は決まって日曜日の朝の9時頃からから、

ラジオを聞きながら1日かけて行いました。昼食時にはテンヤモンをとるか、または何人かに分かれて近くのうどん屋へ行くなどして、

2時間ほど中休みをしながらとるのが相場です。この時期は高校野球の時期ですので、話題の中心は高校野球となります。

しかも毎年、決まって誰か異常に選手に詳しい人が現れ、自然とその人が話の中心となります。当時、まだ野球には興味がなかった私には、

少々面白くない時間になってしまいます・・・。今考えれば、お手伝いに来てくれている人は、ほとんど報酬もなく、

唯一会社からの出費といえば昼食代とその時に少々出されるビール、そして棚卸の最中につまんでもらうオヤツ程度だったと思います。

呼ぶ方も呼ばれる方も、あまりそんなことには頓着しないで、しかもほのぼのと楽しくやっていたのでしょう・・・。

 

そんな当時のことを思うと、今の時代はどうなのでしょう・・・?いい時代なのか・・・? 面白くない時代になってしまったのか・・・? 

皆さんどう思われますか?

2013/03/29 「かんくう在宅療養の会」に参加してきました。【辻本正三郎】

今年2月に開局しました「ほくと薬局」の在宅活動の拠点を模索していた際に、たまたま卸の人に教えてもらったのが、この「かんくう在宅療養の会」でした。

活動としては、定期的な勉強会と情報交換会があるようですが、今回は勉強会が開かれましたので参加いたしました。テーマは「消毒薬の使い方」で、 講師の方も某試薬メーカーの方でした。言葉はよくないかもしれませんが、実に“地味な”会で、参加者も10名ちょっとと少ないものでした。

 しかし、考えてみれば「在宅ケア」の勉強会は、とにかく参加者数を多くすることに一生懸命になって有名な講師を呼んできたりしてアドバルーンを上げるのではなく、
このような実務に即したテーマを基本として、「いかにそれぞれのスキルを伸ばせる講習会にできるか?」ということを中心に考えると、
このような“地味な”講習会になるのだと思います。そして結局はそれが最も有効な講習会なのだと思います。

 

 今回の講習会を見て、その中心となって活動しておられる「辻本正三郎先生」の人柄がうかがえました。

医師会副会長「中川氏」VS健保連理事「幸野氏」の‟処方権と調剤権の格差”を巡る大論争に思う・・・

これは、経緯を調べてみたら、先日10月10日に開かれました、日薬学術大会で中医協委員で健保連理事の幸野庄司氏の講演の中で、「医師の処方権と薬剤師の調剤権には格差がある。次回改定の重要課題にする。」といった発言に対して、中川氏が‟暴言だ!”とかみついてきたところから紛糾し始めたということです!

 「なかなか面白いことになってきたなぁ~」と思って読み進めると、日薬の常務理事である阿部好弘なる人物が「薬剤師に求められる役割・義務を果たすことが重要だと思っている」などと、全く頓珍漢なコメントを寄せて一気に興味をそがれてしまいました・・・。おまけに、このコメントに対して、中川氏から賛同の言葉があったようです・・・。

 ようやくというか、折角薬剤師の長年の悲願である、臨床における薬剤師の権利を主張できる機会を幸野氏によって与えてもらった、というのにワザワザ自らの権限を敵陣に差し上げるような行為をしてしまったのです!‟開いた口が塞がらん”とはこのことです!

去る10月31日に「第12回HIP研究会関西支部会が開催されました。

今回の例会のテーマは「悪液質」。このテーマは、漸くガイドラインがまとまったところで、在宅医療の世界でも十分にその対応が均質化されていない、いわば“マニアックなテーマであったこともあって、なかなか焦点が絞り切れないもどかしさを感じました。